「倉橋って」

小さなパックから伸びたストローを噛みながら、夕暮れが橙色で満たしていく教室の隅で、月村がぽつりと呟いた。

「ん?」
「…うまくいえんけど。真っ直ぐなやつだよな」
「まっすぐ?」

右目のすぐ横で何度か狙いを絞って、軽く息を止めて腕を差し出す。緩めに持っていた指先から矢が飛んでいく。それは(それこそ)真っ直ぐに空を裂き、壁に立てかけた赤と緑の円にカスリと突き刺さった。真ん中、より、やや右下。

「おじょーず」
「どーも。やっぱやんなくなると衰えんな」
「…そんだけできればいいと思うけど」

お前そんなに向上心あったっけ、月村にしては失礼な台詞。特技は磨くもんだろと苦笑で返して肩をすくめる、その間にまたぽきり、甘く折れる音が響く。腰に下げたベルトから、新しく次の矢を引き抜いた。

ダーツを始めたのはもうずっと昔のことだった。昔といっても今はまだ高校生、それは確か小学校に入る前か、それよりも少し後のことだ。お楽しみ会とかいうおやつタイムに毛が生えたようなパーティで、そこで初めてダーツに出会った。子ども向けのプラスチック甚だしいビビッドカラーのそれだったけれど、どこまでも中心を目指して矢を放ち続けるそのオモチャに、オレは案外簡単に魅了された。それからはもうずっと、自分の部屋の壁に下げてあるダーツボードに、時間があれば数本でも投げる日が続いている。それはサッカーを始めた今になっても。

「足競技やってっと、こういうのの時間て取れなくなんだよな」
「倉橋結構多趣味だもんなー。時間の使い方は上手いのに」
「趣味は一個しかねーよ」
「…佐治?」
「よくお分かりで」

口の端だけで笑って、もう一本矢を飛ばす。先ほどのよりもやや左に突き刺さったそれは、衝撃に揺れて戸惑いまた沈黙する。ブレザーのポケットに入れた左手できしりとアルミのコインを曲げる、その音に月村が少しだけ眉をひそめた。

「オレがまっすぐなんじゃなくて、佐治がまっすぐなだけ。月村はオレのこと買いかぶりすぎなんだよなー」
「…買いかぶってなんか」
「実際よりも高く評価すること。実際の値打ちよりも高く買うこと。月村は、佐治の隣にいるオレしか知らない。だから見えない」

違うか、と肩をすくめて見せれば、不満そうにではありながらも否とは言わなかった。
もう一本はわざと狙って、一番外側の枠に突き刺した。

「怒ってるわけでも、非難してるわけでもねえよ」
「…分かってんけど」
「オレにとっては、どっちでも同じだってこと」

きしり、また鳴いたコインは、その重みに耐えきれずに終にぱきりと乾いた音をたてた。歪んだ口の端に気づいてか、月村が気まずそうに目をそらす。タイミングよく、地を揺らすように時計が時を告げた。オレはああ、とコインの片割れを取り出して、夕日にかざして薄く笑う。

「もうすぐ佐治が帰って来るな」


title:確かに恋だった
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