その日は雨が降っていた。

降り注ぐというよりは突き刺さるような豪雨の中、オレは世界にひとり、体中をのまれながら佇んでいた。手のひらまで水の粒が走り抜ける、ずっしりと重いというのはこういうときに使うのだろう。ただ意味もなくここにいるオレと、星の数ほどの意味を乗せて流れていく雨。涙は出なかった。どこまでも沈黙する感情と動かない体を抱えて、真夜中の公園の風にあおられたブランコの音を聞いていた。

「――…倉橋っ!」

だから、突然転がり込んできた物音に気付けなかった。今何か聞こえただろうかと思う前に、オレの腕を思い切りつかんだ手のひらに驚いた。その袖もしとどに濡れている。ただそこに見慣れたバングルが見えたことだけが、なぜかオレを少しだけ落ち着かせた。

「…くら、…っ、はし」
「…どうしたの、そんなに焦って」
「ハァ!?」

ゼェハァと肩で息をする、佐治。伸ばした髪は肩よりも長くて、水を吸って重くなったそれを鬱陶しそうに払いのける。意味のない動作で顔の水を拭いて、佐治はオレの腕を握る力を強くした。

「お前が、勝手に、いなくなったり、すっからだろ!」
「別に、どっちだっていいだろ」
「…お前…なんなんだよ、それ。今日なんか変だぞ」
「どっちだって、一緒だよ。佐治」

手の甲に自分の手のひらを添える。佐治が燃えるように熱いと思ったが、ああオレの方が冷え切ってるんだと思うのにそう時間は必要なかった。佐治の怪訝そうな目を、どこかぼんやりとした視界の中で見る。

「…んで、」
「うん?」
「…なんで、泣いてんの。お前」
「泣いてないよ」
「泣いてる」

ふざけんなと吐き捨てるように言いながら、半ば無理矢理に近く目元を拭われた。佐治の顔を拭った時と同じ、意味のないその行動に、けれど視界の何かはうっすらと消えていった気がした。ないてないよ。もう一度言って、笑う。

「佐治が来てくれたから、」

だから、もう、大丈夫。オレをじっと見ていた佐治が、笑んだままのオレに諦めまじりにため息をつく。それでも手のひらは緩まずに、ただ戻んぞボケ、と腕をひかれるまま、佐治の背中を追いかけた。



その日は雨が降っていた。いつになく強く吹き付けるその粒に、オレは何を思っていたんだろう。ただ夢見がちなオレにとっては、ヒーローがいなくてはお話にならないということだけは分かっていた。オレは影じゃない。それでもオレは、光でもない。ただオレのことを照らしてくれる佐治がいないと、オレはどうにもオレでいられないようだったので。
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