イライラして仕方がなかった。
ひとつ机を挟んで前方、少し癖毛の後ろ頭がゆらゆらと揺れる。普段からあまり勉強には熱心ではない者同士、教科がなんであれ午後一番の授業が睡魔との戦いなのは明白だ。それでもオレがこうしてあの背中をにらみ続けているのは、偏に理由があるからで。
(……ムカ、つく)
ぎり、と奥歯をかみしめる。机のすぐ横にかけられた鞄、その持ち手の付け根に小さなキーホルダーがかけられていた。オレの趣味では全くない、女子が好んでつけそうなチャラチャラとしたそれ。
「佐治ー、どーっちだ」
昼休みも終わろうとしていた時、いそいそと近寄ってきた倉橋が両手拳をオレに突き出してそう言った。こいつが突拍子もないことを要求するのはいつものことなので、その両手を見比べてじゃあこっち、と右側の拳を指でつつく。オレが反応すると倉橋が嬉しそうに笑う、それもいつものこと。
「鋭いなー。んじゃこれ、佐治にごほーびな」
「ご褒美?」
「オレの気持ち、なんつって」
開いた手のひらに落とされたのは、小さな緑色のキーホルダーだった。緑の癖によく見るとハート形らしいモチーフで、真ん中にプラスチックで出来た白い宝石がついている。いつも横目で通り過ぎるような店に置いてあるような、普段ならこの手にとってみることもしないような。
「…薄ら寒ぃ」
「佐治ヒッデー」
倉橋がけらけらと楽しそうに笑う。それでもオレがこのキーホルダーを突き返したりしないことを知っているから、オレは黙ってもう一度その手にキーホルダーを落とす。「好きなとこ下げろよ」肘をついて顎を乗せたまま言う。倉橋はうん、と頷いて、すぐ足元にあった鞄に手際よくそのキーホルダーを下げた。満足げにもう一度頷く。
「けっこー目立つかも」
「知らねぇよ。お前のせいだろ」
「オレのせいだね」
でも謝らねぇよ、と白々しく言う。そんなこと、微塵も思ってない癖して。
何気なく手を伸ばして、キーホルダーを裏返してみた。緑色と薄緑色が重なって、縁取りがしてあるその中央。小さな文字で、Jと刺繍がしてあった。銀色の文字は緑に埋もれて見えづらくなっている。視線を戻す。変わらない笑み。
「…ただの我儘」
そういって、重なるようにして鳴ったチャイムに、んじゃまた後でと残して自分の席に戻っていった。その背中は振り返らない。シャーペンを持つ手で首元をこする、少し困っている時の倉橋の癖。ボケ、と小さく呟いた。本当にイライラする。
その揺れる頭を見ながら、そっと胸元に手をあてる。自分にしか聞こえないほどにささやかな、金属が触れ合う音がした。シャツ越しに握る。ロケットよりは小さい、銀色のタグ。刻まれた文字。
独占欲や所有欲では表せないほどの、それはきっと。