好きだと真っ直ぐに告げるのは気恥ずかしかった。

これでも年頃の高校生で、かつそれなりに普通な人生をおくってきた十代である。ネットでのやり取りは気が楽だ。考える時間もある、自分の発言を見返す時間もある。ただそれは、現実に戻れば全て泡のように消えてしまうような幻想だった。相手の言葉に即座に反応できない自分は、この現実においてどこまでも異質な存在に思えた。自分はどうしてか人一倍相手の顔色を窺う癖がついていて、それが人との会話の際、オレ自身の思考回路を自分でさえ自覚できないほどに乱していた。ネットでは相手の顔は見えようがない。窺うものがない環境は、オレをどこまでも弱くした。リアルな人間が怖くなった。一人になりたかった。学校というコミュニティが息苦しかった。

「…で?」

目の前でレモンティーを飲みながら、月村がぱちりと瞬きをした。パックにさしたストローに少しかじりついて、考えるように首をかしげる。

「…んー…と、それで」
「うん」

小さく頷いた月村に促されて、またオレは口を開いた。

学校が息苦しかった。先生には「お友達と協力して」と言われ、親からは「友人は大切にしなさい」と言われ、周囲の人間に溶け込めない自分はどちらの期待にも応えられない人間なのだと痛いほどに実感した。グループ分けにしても給食の時間にしても、どちらにしろ余る自分を持て余す学校というコミュニティに寒気がした。オレという個人を一斉に排除しにかかっているかのような錯覚。巨大な仮想敵は、小さかったオレの心に多大なダメージと痛みを残した。徐々に内にこもっていくオレを異常と見た両親は、ちょうど父が動きやすいからと拠点にしていた支店から離れることを決め、東京の本店に引越しを決めた。当然オレも転校をした。そして――そこで、月村に会った。

正確には、月村と、佐治と倉橋。元々幼馴染だというふたりの隣に、月村はとても自然に溶け込んでいた。どう考えても余りである月村は、そんなことは意にも介さずと二人の傍にいることを選んでいた。それが、オレには、とてもまぶしかった。倉橋はいつも、オレの光は佐治なんだよと屈託なく笑う。それなら、オレにとっての太陽は月村だった。対になるような名を持つその表情に、オレはどうしようもなく焦がれたのだと思う。
最初に話しかけてくれたのは、今考えれば当然だと思えるけれど、月村の隣にいた倉橋だった。「なぁ、お前ネットとか詳しい?」…後から聞いた話だとオレの携帯についたメモリを見てそう思ったというが、倉橋のことは未だによく分からない。例えそれが倉橋自身の偏見からきたものでも、倉橋は他人(特に当人)には決して悟らせない。その向こうで佐治がどんな顔をしていたのかは思い出せないが、倉橋のその言葉に頷いたオレを見て、へえ、と興味深そうな表情をした月村のことはよく覚えている。それが最初だった。

「そんな顔したんか、オレ」
「うん。…まあでも、オレの主観だからね」

ぺたりと自分の頬に触れてから、月村がまた頷く。
…それから少しして、佐治にサッカークラブに誘われた。「森川、お前サッカー好きか?」と聞いてきた佐治は、無理強いをするでもなくただ毎週やってるから良かったらと言って笑った。オレは佐治の、その距離感がとても好ましかった。倉橋には割とぐいぐい行く癖に、月村とは静かな関係を好んだ。そしてオレは、つかず離れずというのが適するかのような、どことなく距離を感じる、それでいて確かにそこにある関係を築いていった。佐治はいつも隣に倉橋がいるせいでそっけなく見えてしまうようだが、内心はとても穏やかで気遣いのできる優しい人間だ。オレが調べものをするのが好きだと知ってからは、常識ではないが調べれば分かる些細なことを聞いてくれるようになった。そしていつも、さんきゅ、といって笑う。倉橋がお前ってすごいなと感心すれば、…同じようなタイミングで、月村が笑った。確かにすごいな、森川。オレはその日、サッカークラブに行ってみようとどこかぼんやりと決意したのだった。

そこからはもう、めまぐるしいほどに世界は変わっていった。オレは家にこもるのをやめ、毎日のように三人とつるんで外へと出て行った。手放すことのできないノートパソコンを抱えてやってくるオレを、三人が笑うことはなかった。体力的にも他のチームメイトに劣るオレに付き合って、夜まで基礎練をすることも少なくなかった。佐治は個人技のレベルが高く、倉橋はアシストの技術が優れていた。月村はどうしてかゲーム中に相手に見失われることが多く、それはそのまま月村の技術としてあったのだけれど、その技を生かしてカバーやカットに走る背中はとてもまぶしかった。オレもあんな風に、ゲームの中で走れたらと思った。

それからずっと、オレたちは一緒にサッカーをしてきた。佐治が私立帝条に誘われたと聞いたとき、この仲間もいつかは別々の道を歩むのだと一気に実感がわいてきた。それはとても、さびしかった。ネットの向こうの顔も知らない人たちとは違う。特別な仲間。その時は佐治が誘いは蹴ったからと笑い、どうせなら四人で市立帝条行こうぜと倉橋が言い出して、月村はそんでもいいよと目を細めた。少しだけ遠い、光のような過去。淡い風景。

オレはそれを、失いたくなかった。保たれているその拮抗がギリギリだったとしたら、少し触れるだけで瓦解してしまうんじゃないかと思った。それは恐怖だった。この関係を、この輪を失いたくない。ひとりになるのが怖いのではなく、この四人でいられなくなることが怖かった。不思議な感情だった。触れられない。触れたい。進みたい。オレは。

いつの間にか握りしめていた手に、月村の少しつめたい手が触れた。半ば恐れるように視線を合わせる。月村はそのまるい瞳にオレをうつして、それから少しだけ表情を崩した。

「森川」
「…なに、月村」
「うん」
「……つきむら」

手のひらを裏返す。その手に触れた。震える手でぎゅっと握りこむと、機械にはないあたたかさに涙がにじんだ。オレの温度が月村にうつり、まざって、とける。指先に近づいた月村の熱に、オレも同じ速さで距離を埋める。触れるその瞬間、落とされた声。


その一歩目を、オレは踏み出した。
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