酷い人だと、思った。確かにオレは子供だし騒がしいし手に余る、それでもあの人に追いつきたくて触れたくて、必死に背伸びをして隣に並んだ。あの人は困った風に笑うばかりだったけれど、オレはそれでも構わなかった。あの人が好きだ。理由なんて後付けの言い訳にすぎない、好きで好きでたまらないのだと言葉にせずとも伝えてきた。拒否されないことが唯一の救いだった。その手がオレを払わない、それだけでオレがあの人の隣にいる理由になったのに。

「…あんまりだと思うだろ、メイジィ…」
「…鳴路です」

目の前に座る後輩が、ストローをくわえたまま控えめに訂正する。部内ではオレが保護者だといってからかうのが常だったが、後輩――メイジは皆が思うほど子供ではなかった。少し前まで中学生だったなんて思わせない落ち着きと、少しの電波はあろうが相手に合わせた気遣いもある。そんな後輩を引っ張り出して、オレはぐだぐだと文句を垂れ流していた。申し訳ないとは思う。思うがやめられない。恋の痛みは尋常ではないと、この年になって初めて思い知ることになろうとは。

「先輩まだ17ですよね」
「これが初恋の痛みだ思い知れメイジのばか」
「鳴路です。…今の先輩、おいしくないです」
「これうまいとかオレどんだけ」

レモンスカッシュが冷やしたコップに頬をつける。感情の発露に涙を使うオレの目は腫れきっていて、その雫がじわりと染み入った。

思い出すのはいつも苦笑だった。好きだ好きだと全身からあふれ出すあの人への想いが、重たくないだなんて考えたことはなかった。人を好くのにはエネルギーがいる。ならばそれを受け止める側にも、少なからず重みはあるのだ。関係者でもないオレが毎日、毎週のように現れて、きっとあの人も迷惑だと思っていたはずだ。そうでなければ。

夕方。あの人の作ったチームの練習が終わって、鞄を抱えたあの人を待っていた。最後の一人を見送って振り返ったあの人が、じゃあ帰るかとオレに言う。普段ならうんと頷くだけのそれに、今日のオレはどうしてか、はたりと瞬きをしてこう言った。

『…ユーシちゃんて、オレのこと、迷惑じゃないの?』

高校生だってまだ子供だ。そんなこと分かってる。それでもオレはあなたが好きで。そんな感情をのせて聞いた言葉は、あの人の顔を橙色に染めた。しんと静まり返ったグラウンドの片隅。あの人が静かに微笑んで。

『…オレを、好きになるな』

それだけだ。そういって、あの人は背を向けた。息が詰まるほどに綺麗な。その声がオレの頭にしみこんでかちりと鳴る前に、オレは真逆の方向へと走り出していた。

「…あんまりだよ、ユーシちゃん…」

腕を組んで顔を伏せる。メイジがひとつ溜息をついたようだが、特にいさめることはしなかった。こつり、指がテーブルを叩く音。またこみあげてきた涙をぐしりと拭った時、メイジがまた静かに溜息をついた。

「…僕は憶測で物事を言うのはあまり好きではないのですが」
「…? メイジ?」
「その方は多分、…先輩のことを突き放したわけでは、ないと思います」

少しだけ顔を上げた。けれど今度はメイジの方が俯いてしまっていて、その表情は読み取れない。ふう。息をつく。顔をあげたメイジは、どこか困ったような、それでいてとても…気恥ずかしいような、複雑な表情をしていた。

「…先輩は、戸畑さんのことが好きなんですよね」
「お…おう」
「なら、もう、困ることなんてないじゃないですか」

かつり、またメイジの爪がテーブルを叩く。

「戸畑さんはきっと、好かれるのが苦手なんだと思います。理由なんてものは分かりませんが。…それでも、戸畑さんは今まで、先輩のことを拒否も否定もしなかった」

そうですよね、と無言にのせた視線を受ける。オレはただ、漠然とした思いのまま頷いた。

「それなら多分…それが戸畑さんなりの、答えなんじゃないですか」

あの人は大人だから。オレの手を取ることは、きっとあの人の未来にはない。それでもオレが傍にいることを、あの人が拒んだことはなかった。傍にいてもいいかと問うオレの言葉に、困ったように笑って仕方ないなというばかりで。そんなの。馬鹿で子供なオレが、気づけるわけがない。

たまらなくなって、今度はより強く腕に顔を押し付けた。ジャージのポケットに入れたままだった携帯が静かにバイブ音を伝えてくる。メイジが小さく笑って、僕は失礼しますねと立ち上がる。その背にただ、手を振るだけで感謝を告げた。後輩の背中は頼もしい。


ポケットから出した携帯の通話ボタンを押す。最初の言葉は、もう決まっていた。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -