※新生戸畑SSと私帝の京介



「ユーシちゃんおっはー!」
「おう、また来たのか京介」

ジャージの裾を翻しながら駆け寄ったオレを、ユーシはいつも通りの笑顔で迎え入れてくれた。ユーシが子どもたちにサッカーを教えるグラウンド、そこにはもう10人ほどの子どもが集まって準備運動をしていた。すでに顔見知りである彼らにオレもいれてーと混ざりこむ。随分と年の離れているオレを抵抗なく受け入れてくれる彼らは、こじ付けではあろうが、やはりユーシの教え子なのだと感じさせてくれた。

「体操終わったやつからアップしろよー」
「はーい」
「ボールボール!」
「転ぶなよー。オレは何すればい?」
「んー…そうだな、ランの前まで今日はヒカルと組んでくれるか? 実は昨日の分、あと少し整理しきれてねーんだ」
「おっけー了解」
「サンキュ」

悪いなと手を添えるユーシに、練習入れてくれて感謝してんのはオレの方なんだからと返す。

資料の入っているバッグを取りにいったユーシの背を見送って、ボールかごのところでボールを選んでいるヒカルの側までてろてろと近寄っていった。後ろからひょいと覗き込むと、ヒカルはボールをなでたり少しつぶしたりしながら、何やらぶつぶつと呟いている。どうやら気に入るボールが見つからないらしい。

「ヒーカル」
「なんだよきょーすけ。オレ今いそがしんだけど」
「見れば分かるけどもね。ボール一個でンなに悩んでたら時間なくなっちまわね?」
「オレはここが大事なポイントだからいーの」
「そりゃそうか」

かごに比べて背が小さめなヒカルが背伸びをする。真剣な顔でボールを選ぶヒカルを偉いと思わないでもなかったが、やはり時間は出来るだけ無駄にしない方がいい。私立帝条でよく言われ身にしみている言葉。時は金なり。一時も無駄にするな。自分の監督の顔と声を思い出して、ひとり身震いをした。想像でも威圧感あるとか、さすがは美織ちゃん。

それはともかくと、オレはすぐ側に置いていた自分のバッグを引き寄せて、そこから自分愛用のボールを取り出した。部活で疲れて倒れこみそうな時でも、こいつの手入れだけは欠かしたことがない。

「ヒカルー、これどう?」
「ん? …おー、これ結構いいかも! これきょーすけの?」
「そーそー。オレの相棒ってとこだな」
「へぇー…」

蹴ってもいい?と両手でボールを持つヒカルに、もちろんと返して笑う。オレがずっと、それこそサッカーに魅力を感じてから、使い続けてきたメーカーのボールだった。ボール自体はもう3代目だ。さすがに年季の入ったボールは見た目こそぼろぼろに見えるけれど、オレの足に馴染んだこいつを手放すにはかなりの勇気と覚悟がいる。そう思って使ってきたこいつもそろそろ寿命かなと、ヒカルが足に乗せたその姿を見てぼんやりと思う。

やっと納得のいく顔をしたヒカルと、足を左右入れ替えながらパスを出し合う。ヒカルはユーシが見つけてきただけあって、運動神経はそれなりでも、どこか可能性を感じさせる子どもだった。特にリフティングの飲み込みはチームで一番だ。オレも昔ユーシに教えてもらったリフティングを、今度はヒカルにも教えてやることがある。同じような癖がうつる、それをヒカルが彼なりにまた消化していく。

ユーシちゃんがやりたかったのはきっとこういうことなんだろうな。漠然とながらそう思った。

「よーしアップ終了ー。ランやんぞラン」

ストップウォッチとメモ板を持ったユーシが戻ってきて、子どもたちがそれぞれ線を引いた場所に集まっていく。ぴょんぴょんと跳ねたりわくわくと線の先を見つめたり、この練習に楽しさを見出しているのは皆同じなのだと実感する。「んじゃこれ、京介もひとつ計ってな」手渡されたストップウォッチを受け取るその瞬間、わざと指を挟むようにして手のひらに触れた。唐突な接触にユーシも目を瞬く。振り払われなかったことに心底安堵した自分がいて、その感情を消すようにして笑った。

「…好きだよ、ユーシちゃん」

もう何度目か分からなくなった告白。ユーシは今度は驚くこともなく、触れていた指をそっと曲げて、その眼鏡の奥にある目を細めた。
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テーマ「人外ファンタジー」
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