遠くの方で、小さく鳥の鳴く声が聞こえた。

まだ太陽がうっすらと辺りを照らすばかりの時間帯、かちゃりと後輪が跳ねた反動を運転手の背中を支えにしながら、おそらく見えはしないだろうその姿を目で追った。風はもうほとんど冷たさを感じない。見慣れた通学路に日に日に増えていく鮮やかさに目を奪われながら、もう一度細く響いた鳴き声に、今度は少し強めにその背中を叩いた。

「倉橋」
「ん? どしたよ佐治」
「アレ、何」
「アレ?」

首を傾けてこちらを振り向きかけて、目の前の信号が赤になったのを丁度いいと倉橋がブレーキをかけた。そのまま足で固定して、振り向いた視線を促すように後方へ向ける。ぴったりとくっついた背中から、倉橋の鼓動が小さく聞こえた。不思議そうな表情をしながらも、その中に少しの好奇心と期待が混じる。

静寂の響く交差点の右から左に、また細く、ホー…ホケキョ、と透明な鳴き声が通った。

「おおー。今のはキレイだったなー」
「さっきから結構聞こえてんだけど。アレの名前、なんだっけと思って」
「ああ。アレはうぐいす、な」

うぐいす、とその音を自分でもたどってみた。最初に浮かんだのは花札に描かれた頭のすべすべとしていそうな深緑色の小鳥で、その姿と先ほどの声を重ねてみる。軽やかに鳴くうぐいすはどこか得意気に胸をはって、それがおかしく感じてくすりと笑いが漏れてしまった。それに合わせるように倉橋も笑う。

信号が青になり、倉橋が自転車を漕ぎ出すのと同時、すぐ後ろでまたホー…ホケキョ、とうぐいすが鳴いた。その近さに瞬きをする。

「…今のお前?」
「おー。よく分かったなー」
「フザケんなっつの。距離が近すぎんだよ」
「ふはっ。…あ、そうそう、あのホケキョーって鳴き声あるだろ?」
「? おう」
「アレ、ホー…で息吸って、鳴き声自体はホケキョ、だけなんだってさ。婆ちゃんが言ってた」
「…へぇ」

からからから。車輪の回る音にまじって、またうぐいすが高らかに鳴く。それは倉橋の口笛に呼応しているようにも聞こえて、朝日に添えるにしてはなんとも時間外れに思えるけれど、春めいたその声は嫌いではなかった。息を吸って、吐く。その合間に鳴くうぐいすの声は、何を伝えようとしているのだろう。

どこかぼんやりと思うそれは、決してセンチメンタルな感情を誘うものではなかった。ただ緩やかに流れる風と風景に、どこか遠い何かを思い出す。かしゃり、車輪が跳ねる。

坂を下りだすその手前、倉橋がまたホー…と細く口笛を吹いた。そういえばこいつは昔から口笛が上手かったと、その途切れを待って唇を舐める。

倉橋の鳴く透明な声に、オレのかすかな声が、溶けるように重なった。
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テーマ「人外ファンタジー」
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