「ヒツジの絵を描いて」

ユーシさん、と言う声に振り向いたら、先ほど別れたとばかり思っていたシアンが、表情の読めない顔でそこにぽつりと佇んでいた。サッカーゴールの横、もう薄暗くなった辺りにとけこむように、グラウンドにそぐわぬ画用紙を抱えて。

「サン=テグジュペリか? シアン」

粋だなという意味をこめて笑ったけれど、シアンは不思議そうに瞬きをしただけで、もう一度(こんどは少し小声になって)ヒツジの絵を描いて、とオレに画用紙を差し出した。

「オレ、絵はうまくねえぞ?」
「期待はしてないデス」
「…お前な」

白さの際立つ頭を小突く。シアンはくすぐったそうに手を払って、これで描けとでも言いたげに黒いマジックペンでオレの手を遠のけた。ため息。リヒト達はあんなにも構いやすいのに、シアンだけはどうも手に余る印象が強い。それでもこうして近づいてきてくれたのが嬉しくて、受け取った画用紙をベンチに置いてしゃがみ込んだ。気の早いシアンがそれを覗き込む。どこか楽しそうに見えるその横顔。

「シアンはヒツジが好きなのか?」
「別に」
「ふうん。どんなヒツジがいいんだ」
「なんでもいいデス。ユーシさんが思いつくやつ」

ベンチに両手を添えて上目遣い。可愛いところもあるんだななんて口が裂けても言えないが、シアンがそこまでしてヒツジの絵を欲しがる理由が分からなかった。このくらいの子どもの行動には理解できない部分の方が多い。きゅぽ、とマジックのフタを開けて、オレはとりあえず思いついたヒツジをその画用紙の真ん中に描き広げた。くるりと回るツノと、もこもこの体。

「……ユーシさん」
「何も言うなシアン」
「…絵心なさすぎデス」
「期待すんなっつったろ!」

オレの描いた貧相なヒツジ(…もどき)を見て、シアンは見るからにガッカリした表情になった。きっとそんな反応だろうと予想はついていても物悲しい。

半ば自棄になっていくつもヒツジを描くうち、ふと思い立ってそれぞれに特徴を出してみた。少し癖毛のあるやつ。眼鏡とかもかけちゃったりして。シアンが気づいてぱちくりとしたのを、オレは自分でも不思議なくらい楽しく感じていた。

「…これ、何デスか?」
「何って、ヒツジ。お前が描けっていったんだろーが」
「ヒツジは眼鏡なんかかけないデス」
「2秒で切り換えろ。これがロマンだぞシアン」

ユーシさんイミフメイ、眉間にしわを寄せて不満げにそう零す。文句を言いながらもベンチから離れずに見ているシアンを、オレは視界の隅でこっそりと見た。真っ直ぐに注がれえる視線は画用紙の上をたどり、オレの描き出したヒツジの群れのひとつひとつをなぞるように流れていく。

これはリヒト、これはシューヤ、これはカズキ、と特徴を見ながらうたうようにこぼれていた声がふと止まった。見返すと、シアンは内緒話でもするようにひっそりと笑って。

「…このヒツジ、ユーシさんに似てる」

小さな宝物でも見つけたときのように淡く光る瞳で、シアンはそっとそのヒツジに触れた。
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テーマ「人外ファンタジー」
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