「なあ、佐治」
アホのアホみたいな練習(の巻き添え)を終えて、オレは着替えをする佐治にゆっくりと近づいた。いつものように何か苦しそうな表情でもない、どこかすっきりとした顔。オレが焦がれたその瞳。
「なんだよ。倉橋」
「…なんつーかさ、良かったなって思って」
「はぁ?」
ワイシャツをはおってネクタイを手に取る。佐治は見た目よりもフツウの、ただの男子高生だった。当然それを不思議に思ったことなどないけれど、オレはどうしても、目の前の男がただくすぶっていくのを見ていられなかった。その半面、佐治がその気ならそれでもまあいいかなんて、自分勝手な考えを佐治に押し付けていた。それを今、悔いた。
吏人にかみついて発破かけられて輝きだした、お前はなんてまぶしいんだろう。オレは入部したあの時に見た、ひたすら輝くあの目をもう一度見たかった。思うだけで行動に出ない、その時間をオレは捨ててきた。オレの憧れ。佐治の大切な時間。
「…オレたち、馬鹿でごめんな」
吏人に頼らなきゃいけないのが悔しかった。輝きだした佐治の背中を、見ているだけの自分がもどかしかった。それでも、吏人は自分の足で立ち上がれという。自分の背中に乗れという。羽ばたきだした翼に振り落とされそうになっても、佐治は笑う。もう迷わない。オレたちというしがらみを振り切って。
相反する思いがぶつかって砕け散る。ただ今は、佐治の側を離れずにいられたことが嬉しかった。たとえ佐治がそれを望んでなくても。謝ることは卑怯だと知りながら、視線も合わせずにただ呟いた。ごめんな。
…見上げたその表情が、苦笑するだなんて思いもしなかったから。
「…お前らが馬鹿なのなんて、言われなくても知ってんだけど?」
ていうか、だから馬鹿なんじゃねェの。佐治が笑う。
「オレは吏人の背中に乗る。だからお前らも、オレの背中、見失うなよ」
差し出された拳に、苦笑と一緒に拳をあて返した。縛った髪が、風をうけてきらきら光る。細めた佐治の瞳の色と、オレの心に淡く灯る何か。
それはいつか、共に日本一になろうなと誓った、あの日の笑顔と重なるような鮮やかさで。