それは多分、オレにとっての意地とかそういう類のもの。




ブーン、と素っ気のない振動音が耳の表面にあたって落っこちた。意識を完全に睡眠にとばしていたオレは、ああメールかと思っただけでもう携帯の存在すら忘れていた。ぬくい布団と重たい体。久しぶりに酷使しすぎたオレを心配してか、マネージャーがなんとか調整してくれた翌日の休みが余計に睡魔を受け入れさせていた。明日は何時まででも寝てたっていいんだ。起きたらあいつにメールでもしよう。

頭の隅っこしか起きてない状態で、大きく息を吸い込んだ。ひんやりとした風に癒される。ここのところほとんどが炎天下での撮影ばかりで、こうして布団がぬくいと思ったことすら久しぶりだと思い出す。それから、少し寒すぎるな、とも思った。


カタン、とプラスチックを蹴飛ばすような音と。

なんだよこいつ寝てんのかよ、って声。


かがみ。来てくれ――…来、たんだ、と思いなおす。「…ったくゴミはいつもだけど携帯もバッグもその辺投げっぱっつーのはなんなんだこいつ」なんだかぶつくさいいながら物を拾ったり移動したり処分したり、とはいってもオレのことは何でも知っていやがるらしい火神のことだから、オレがいると思ってるものを処分したりはしないだろう。だからオレは目を閉じたまま、もう一度かがみ、と名前を呼ぶ。

ちょっとだけ逡巡するような間があった。それからぱちり、開く音。あ。こいつ、オレの携帯開きやがった。さっき来たメール、気になるような相手からだったかな。もう回るどころじゃない頭でだらだらと考える。そしたらいきなり肩をつかまれて、俯せだった体を思いっきりひっくり返された。痛い。というか、だるい。重い。

「…なにすんすか」
「うっせーな。何ダラダラ寝てやがんだよ」
「しごとあがりすもん。ねてもいいじゃん」
「…お前さ。これどういうつもり」

これってなに、ほとんど空気だけで鬱陶しそうに聞けば、目の前にオレの携帯の画面を押し付けられた。閉じてた目にはすぎる光。かろうじて見えた黒線をたどると、『今度はいつ来るの? 次は涼ちゃんの好きなエビフライでも作ろうか』……うわ、さいあく。色んな意味で。

「…どういうって」
「…別に」
「じゃあオレも、別に」
「はァ?」
「人のケータイ見るってどうかと思うっスよー」
「テメェ馬鹿にしてんのか」

してない。内心すごく焦ってる。そりゃそうだよね、他ならぬ恋人の携帯にいっつも会ってるみたいな文面でメールしてくる、オレの好物まで把握してる異性。オレだったら携帯ぶっ壊してるレベルのウザさだろう。火神がこれだけ抑えてるのは、それこそ火神がオレに関しては我慢強くいてくれるお陰だ。

「してないっスよ」
「…んじゃ、この…読めねぇけど、なんとかチャンって誰だよ」
「気になるんスか、そんなもん」
「イライラすんだよ。お前のそういうところ」
「ふーん」
「…はぐらかしてんじゃねーよ」

ぎり、思いっきり肩をつかまれる。いつになっても手加減を知らない、でもそのまっすぐな目を見たのも本当に久しぶりだった。どっかの外資系で、外人とのコミュニケーション力を買われてあっちこっちに行ってるとかなんとか、オレより黒子っちの方が断然こいつのことを知ってる。ぼんやり思う。「アンタの、」目が、キレイだね。空気が抜けたみたいに笑う。ハァ? って感じの火神の顔がおかしくて、どうでもいいやって手を伸ばした。

「お帰り、かがみ」
「…………ただいま」

はぐらかしてんじゃねえって、とまたぶつぶついう火神を思いっきりベッドに引き倒して、アレかーちゃんなんスけどねと、また増えた秘密と一緒に笑ってやった。
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