真っ暗闇の中を歩いていた。
いつか学校の相棒に日本の夜は静かなんだなと零したら、それはキミの住んでいる場所が田舎だからですと返されたことを思い出す。その時はあまりの無表情さに一発チョップをお見舞いしてしまったが(そして当然ながらオレも一発くらった)、今こうして静まり返る夜道を歩いていると確かに思う。ここの夜は、とても静かだ。

少し大きめのスーパーとオレの家とのちょうど真ん中にある大通りに出て、信号が赤になりかかっているのを見てから歩道橋に向かった。あちらにはなかったもの。日本は横に狭い分、空間的にとても広い。かつりと階段に足をかけると、両側の鉄からじわりと冷たさがにじんだ。


「Good evening.」


唐突に、すぐ上の雲から声が降り注いだ。それは当然雲からなどではなかったのだが、誰かに話しかけられたにしては位置が高い。足元を見ていた視線を上げたら、そこには歩道橋の手すりの上、ジーンズにパーカーという在り来たりな服装をした黄瀬がいた。オレの視線を受けて嬉しそうに笑う。


「…Hi.What are you doing here?」

「I was watching the moon.Are you?」

「Nothing in particular.」


肩をすくめてやれば、顔の笑みが更に深くなった。今日は機嫌がいいらしい。
いつものように駆け寄って来ないのを見て、オレはそのまま足を進めた。階段を上りきっても、高さのある手すりに座る黄瀬とは同じ目線に立てないらしい。見下ろされるのはいつぶりだろうと、手すりにそっと手をかける。無駄に長い足は組まれずに、時折鉄をたたきながらぱたぱたと揺れていた。


「いい夜っスね」

「…そうだな」

「満月じゃないのが惜しいくらい。このくらい涼しいのも、たまにはいいかな」


寒いのが嫌いだと口癖のようにいっていたのが嘘のように、緩やかに吹きつける冷たさに目を細める。真っ直ぐにオレを見るのもいつもの癖だ。目は口ほどに、と日本では言うらしいが、こいつの目は何も言わない。その代わりに、瞳に色がにじんだ。

強くもない光が落ちて、まわって、流れていく。黄瀬が手を伸ばしてきたのに逆らわず、そのまままた一歩近づいた。オレの肩に金茶のゆきが降る。さらさら。甘い匂いに混じって、いつも感じるこいつの匂いがした。その体は思ったよりも冷えていたけれど、オレの手は温まっていたからちょうどいい。耳元で黄瀬が小さくわらう。


「…ねえ、火神」

「なんだよ」

「……オレのことも、照らしてよ。黒子っちみたいに」


冗談みたいな声で、冗談ではないことを言う。掴まれた腕をたどって、その手のひらを握りこんだ。同じプレイヤーなのに、その感触はずっと柔らかい。考えるのは得意ではないオレは、ふう、とため息をついてからこつりと頭を重ねてみた。


「お前は、黒子じゃないだろ」

「…あは。それ、アンタに言われるとは思ってなかった」

「お前は自分で光れ。逃げんな」


歩道橋の向こうに、寂しく佇む月が見えた。それでもこいつは月じゃない。真夜中にふらふらと、いもしない太陽を探さなきゃいけないほど弱くもない。寄りかかりあうような関係は嫌いだ。「…それが、お前に出来ることなんじゃねえの」どうしようもなくなって俯いて、それでもお前が、また前を向けるよう。




のない手紙
(どんな光でも、きっと届くよ。)
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