結局お前が黒子に向ける感情ってどういうもんなんだと、いつか黄瀬に聞いたことがあった。

そのときのそいつはテレビを見ながら床をころころと転がっていて、ぽつりと放たれたオレの声に、ソファに座っているオレを見返すことで先を促すように瞬いた。あまり深く考えずに言った言葉だったのでそう真っ直ぐ見返されると少し困る。
敷いてあるカーペット(こいつが床に何もないと転がれないから買えと何度も強要したやつだ)の上をずりずりと這って、黄瀬はオレの座っているすぐ横によいしょ、と上半身だけを乗せた。肘をついて上目遣い。思わず視線を逸らして口ごもった。


「いきなり、何」

「…いや。悪い」

「別に、謝んなくてもいーけど。…アンタ、思いついたこととかすぐ言っちゃうタイプだし」

「悪かったって」


謝ったってしょうがねえじゃん、拗ねたような声と一緒に膝にこつりと寄りかかってきた。モデルだからと気を使いまくっている髪が何本も重力に従ってしゃらしゃらと流れる。細い色合い。なんとなく手を伸ばして撫でてみたら、今日は珍しく何も文句は言われなかった。「アンタって」目を閉じたまま、囁くような声でささやかにわらう。


「黒子っちのこと、結構気にするよね」

「…それ、お前のせいにしたら怒るだろ」

「うん。関係ねーし。…でも」


なんつーか、と語尾を伸ばしてぱかりとまぶたを上げる。かちりと時計の分針が進んだのを聞いてから、黄瀬はもう一度、なんつーか…と言葉を濁した。言いたくないのか内容を考えているのか分からないその頭をぽふりとたたく。余っている方の手を黄瀬の指先がさらっていって、そのままきゅう、と握られた。甘えたなこいつの癖のようなもの。床を転がっていたにしてはあたたかい手に、オレはどこかほっとした。

そのままの沈黙が少しだけ、しんとした室内に満ちていた。テレビに映っているのは所謂バラエティ番組のはずだったが、その虚構ばかりの笑い声はこの空間にとても薄っぺらに聞こえる。
三度目のなんつーか、で、黄瀬はどこか遠くを見るような目でようやく言葉をついだ。


「黒子っちは、アンタとは違うんスよね」


それは今まで幾度も聞かされてきたフレーズだった。いい加減聞き飽きたともいえるそれに続きがありそうだったので、オレは相槌も挟まずに手を止めた。テレビが無機質な笑いを生む。黄瀬の小さなため息は、その雑音にいとも簡単にかき消されて。


「…黒子っちは、なんていうか…ほんと、空っぽなときじゃないと、会えないんス。黒子っちが欲しくて欲しくて堪らなくて、それ以外に入る隙間がないってくらい好きで好きでどうしようもなくないと」

「…そういうもん、なのか?」

「…そうじゃないと、黒子っちは見つけられない。でも、」


黄瀬の耳で、ピアスが揺れる。その青色が、今だけは少し違うように見えた。本当は、お前。声に出せない疑問符が、無機質にこぼれていく。


「オレはもう、そんなに空っぽにはなれない。海常のみんながいて、アンタがいて…だから今のオレは、黒子っちが好きっていう、…ただそれだけっスよ」


苦笑、よりは少し微笑むような儚さ。寂しいよりはもっと複雑な、オレには分からない感情だった。目に浮かんで消えたその一瞬に、こぼれ落ちる何かがあったようにも思えたけれど、…知りたくない、というよりは踏み込めない、つながれた指先にちからをこめる。

さざめくような嵐の音と、一定を刻むばかり乾いた音。混ざり合ってどこまでも透明になったそれを、引きとめようとしているのはオレの方なのかもしれなかった。




Frequency of the lonely
(ハローハロー)
(聞こえますか?)
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テーマ「人外ファンタジー」
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