※社会人な火黄
※捏造だらけ
こたつに入ったままくあ、とあくびをした。手の先から足の先までを布団のなかに入れてぬくぬくと暖をとる、今のオレはこれ以上の至福を知らない。たとえ目の前でばたばたと準備やら片付けやらと奔走する人間がいたとしても、オレはここから動かない。今日からお家のコタツムリ宣言。
「オイ、そこの黄色頭」
「んあー…? アイタッ!」
オレはもう槍もつのも出さないんだと決めた矢先、後頭部のちょうど真ん中に器用にティッシュの箱が突き刺さった。こういうときのコントロールのうまさは認めるが、ティッシュの箱は投げるためにあるんじゃない。つーかいきなり投げるとか、非常識にもほどがあるんスけど!
「な、に、すんスか! バカガミ!」
「バカはてめぇだアホ野郎! ひとがどたばたしてっときに一人こたつでぬくぬくしやがって」
「アンタがどたばたすんのとオレがぬくぬくすんのになんの関係があるんスか」
「関係がねえからムカつくんだよ」
しかもオレのアウターまで着てやがるしと、火神っちは後ろを通過するときにオレの背中をひとつ叩いていった。ほんとに目ざとい。いいじゃん上着のひとつやふたつ、減るもんじゃなし。ていうかその前に、大掃除とか言って窓開けっ放しの人がいるせいなんだけど、と呟いてみた。…無視かよこの野郎。
そのまま風呂場へと背中が消えていったのをいいことに、オレはそのままのコタツムリ体勢を維持することに決めた。はーぬくぬく。最近はモデルの仕事がつまっていて危うく年末をスタジオで越すところだったことを考えると、やはりこの状況はオレにとって最も幸せな状況だ。手足はあったかいし体もあったかいし、ちょっと歩けば火神もいるし。表情筋もゆるゆるのまま、こたつのテーブルにほっぺたをつけた。
「ねーかがみー」
「アァ? ンだよ」
「なんか幸せ」
「…そりゃ良かったな」
風呂場から戻ってきたのを見計らっていったら、火神っちはちょっと微妙な表情をして今度はキッチンに入っていった。それでもオレは、その耳がちょっと赤いこととか、いつもよりちょっと早足だったことなんかを見逃さない。オレが赤いのは、その、こたつがちょっと、熱いからです。ちっ。
もぞもぞと足をいれかえていたら、道具を全部しまい終えた火神っちがこたつに戻ってきた。ちょっとだけ考えて違う辺に座ろうと手をつきかけたのを遮って、「隣座って」とおねだりしてみる。今年最後のわがまま聞いてよ、なんてね。まだまだ24時間以上はあるから、最後になんてなりゃしないけど。それもアンタが渋々ながら聞いてくれるからオレが調子にのるんだって、アンタはほんと分かってない。
「オツカレサマー」
「ほんとにな。主人よりこの家に入り浸ってるヤツが全く手伝わなかったからな」
「誰スかそれ。白状もんスね!」
「…つっこまねえぞオレは」
にっこり笑ってあげたのに、火神っちは今度は心底嫌そうな顔でオレの頭をぐりぐりと押しやがった。頭っていうか、コイツがやると顔全体が埋まりそう。ていうか、鼻が、鼻がつぶれる!
「こっ、…この、ばかぢからっ! あと手が冷たい!」
「ざまぁみやがれ。ついでにテメェの手も冷やしてやる」
「やー!」
こたつの中でぬくぬくしていた手を両手で握られて、オレの手までがキャーと悲鳴をあげるかと思った。じわじわというよりはガンガン体温を奪われていく両手が大変あわれ。でもそれを回避するために手を離すという選択肢はなくて、ぶうぶう文句を言いながらもオレは火神っちの手をぎゅうと握り返した。ちょっとだけ素直な、お疲れ様の意味もこめて。
こたつのなかでつながれた手が同じ温度になりかけたとき、テレビの上に見える時計がかちりと正午を告げた。出発時刻まであと1時間もない。外に出るのは億劫だったけれど、それよりも先に楽しみなことがあるのをオレは知っているので、「もうすぐスねー」とのんびりと呟いた。
「そうだな。間に合ってよかったぜ、ほんと」
「火神っちってなんだかんだ要領よくなったよね。家事もうまくなったし」
「誰かさんが全然やらないしできないからだろ」
「…まあ、うん、今年のキズは今年に置いていくべきだよね」
「別にいいけどな。お前がそんなだって分かってたし、それでも一緒にいたいと思ったんだから」
うぐ、と何かが喉につまる音がした。ギッと睨んだら涼しい顔で返されて、反射的に握った手のひらを思いっきり握りつぶしたくなった。握力だったらガチに持ち込めそうな気がする。…きっと気がするだけだけど、とりあえず小声でしね、とだけ呟いておいた。今年の恨みも今年に置いていこう。
そのままふたりで、コチリコチリと鳴る時計の分針を聞いていた。二人ぶんの家賃で住んでいる割には小さい部屋だ。でも、オレと火神っちにはこの部屋で十分すぎるほどだった。喧嘩もしたし、別れの危機だって何度かあったけど、オレたちはその度に周囲を巻き込んで元鞘に収まった。それで結局はこうなってるわけだ。その喧嘩や危機になんの意味があったのかと思い返せば首をひねるしかないそんな日々も、区切りがつくことでなんだか愛しく見えてしまうから不思議なものだった。残ってるのは喧嘩なんてするもんじゃないっていう当たり前の結論だけなのになあと、カップルの喧嘩は犬も食わないとはよく言ったもので、内容はと聞かれると口ごもるしかない。喧嘩なんてそんなものだ。
少しだけうとりとしかけたところで、火神っちの声が「そろそろ出るか」と優しく降り注いだ。寄りかかったこめかみのところにちゅ、とリップ音が落とされて、アンタってほんとキザだなと目をこするフリをしてごまかした。ついでに頬もこすっておく。ちくしょう、アンタさっきからなんなんだ。目を開けたすぐ側にちょっと楽しそうな火神っちの顔があって、当たり前のように触れた柔らかさに反撃とばかりに噛み付いてみた。それもじゃれあいにとられたけど、オレの髪に触る手と繋いだ手のどっちもがあったかかったから許容しておく。しばらく外だから、ともう一度。最後に思わずふきだした。
「なーに笑ってんだよ」
「なんでもないっスゥー。アンタキザだなって思っただけ」
「もっと甘やかして欲しいってか?」
「…日本語かみあってねーし、これ以上甘やかすってナニ」
「お前、何かたまに物足りないっつーか、もっと構って欲しそうな顔してっけど」
「してないし。アンタ目腐ってんじゃないの」
「ハイハイ」
火神っちお得意のあしらいで流された。うっわぁものすごくムカつく。後で蹴ってやろ。
繋いだままの手を引っ張られて立ち上がる。あっためたズボンとかが外気でひやりとする、それが冷え切らないうちに渡された上着で包み込んだ。ぬくぬくの次はもこもこ。スタイリストさんにオススメされた上着は思ったよりもあったかくて、これならまあ我慢できるかなと早足で玄関に向かった。靴を通す間に火神っちが持ってきてくれた自分のキャリーを外に出すと、ぴゅうとぬけるような空風がオレの心をぺきりと折ってしまいそうな寒さだった。
「火神っち…ちょう寒い」
「お前上着あったけぇとか言ってなかったか?」
「だって今日駅まで歩きだし!」
「…つながりがよく分かんねぇ」
「途中まで手つないでこ」
「………外だぞ、お前。緊張感持て」
ぺしりと頭を撫でられて、戸締りを確認した火神っちの背中にぶうと文句をたれる。アンタのそういうとこが好きで、そういうとこがきらい。それでもドアから離れてすぐ「ほら行くぞ」と言ってくれるあたりが、オレは大好きでたまらないのだ。
今度はふたりでガラガラとキャリーをひく。旅行に行くときよりも浮ついた気持ち、並んで歩くだけがこんなにも楽しい。もうすぐ今年が終わりを告げる、その境目を歩いているような気分だった。今日と未来の間に流れる川を、アンタとふたりでたゆたってるような。
「おかーさん、元気してるっスかね」
「あー。電話じゃめちゃくちゃ元気そうだった」
「火神っちのおかーさん声おっきーもんねー。アンタに似ないで」
「しかも早口だからな。お前リスニング頑張れよ」
「う」
からかうつもりが釘を刺された。オレの英語力だとハンドバッグに入れた初歩的英会話だけじゃ追いつかないだろうけど、持ち前のコピー能力でなんとか会話までこぎつけているといったところで、正直まだ聞き取りにはなれていなかった。でも火神っちの家族は優しいから、オレが分かるようにゆっくりと話してくれるし、たくさん話しかけてくれるのにオレが答えるのを辛抱強く聞いてくれる。優しいひとたちだと思った。あと、火神っちと同じでオレに甘い。
あんまりオレのこと甘やかすなと言ってやりたかったけど、折角の年末年始を一緒に過ごすなら、それを言うのは三が日がすぎてからでもいいかと今から予定をたてる。あちらの新年もそれはそれは派手に祝われる。日本よりもきらびやかなそれに、慣れてきたのはいつからだったか。駅について切符を買う背中に、うずうずとしたままに「すき」といたずら書きをして。
「黄瀬? なんだよ、急に」
「あのさ、火神」
「おう」
「来年も、いい年にしようね」
思ったままを火神っちに告げて、それに火神っちが笑って答えてくれる。わしゃわしゃと撫でる手は乱暴だけど、来年もそんな手と一緒にバスケができればいいと思う。行くか、と促してくれる目はやっぱり優しくて、そんな一年がこれからもずっと続けばいいと、生誕日から少しすぎた神様にちいさくお願いと呟いてみた。
最後の夜に終わらぬ歌を
(Nice to meet you,my name is Ryota Kise.)
(…なんで今更初めましてなんだ)
(Just call me RYOTA,please!)
(Will refuse.)
(火神っちヒドイっスー!)