それからオレはどうしたかというと、今日も今日とていつも通り、弁当をサッカー部にとられたり逆に菓子をかっぱらってやったりしながら昼休みを過ごしていた。
今日の天気はややぐずついていて、屋上に出る気にはなかなかなれない。必然オレは校内にいるわけで、いつもなら図書室かそれに準ずるような雰囲気の場所でラブロマンス小説でも読んでいるのだが、今日はその気分にもならなかった。理由はそのうち分かるだろう。自分の本能の声には従っておくべきだ。

サッカー部にオレの好物のアスパラベーコン巻きをとられて箸で応戦していたとき、ちょうど教室の入り口のところに見知った横顔が通り過ぎるのが見えた。なんだか見過ごすこともできず、サッカー部がくわえかけたベーコン巻きを手で奪還して口に放り込み、弁当箱を厳重に閉めてから立ち上がった。手が多少油まみれになったがハンカチは常備してあるので問題ない。


「緑間、」ドアから少し顔をのぞかせただけでそう声をかけたら、長身の背中が気づいて普通に振り返ってくれた。おお、つい最近まで知り合いですらなかったことを思うと少し嬉しい。緑間はどうやらひとりらしく、常に隣にいる男の姿は見えなかった。空間が多少すかすかに見えるのは、ラブロマンスフィルターのせいかもしれない。


「…文芸部」

「わ、わぉー…緑間にまで呼ばれるとちょっとくすぐったい…まあいいけど。高尾は? 今いないの?」

「ちょうど探していたところなのだよ。突然姿が見えなくなってな」

「へえ、珍しい」


まったくとため息をつく緑間を見ながら、オレも少しだけ眉をあげた。高尾ってとにかく緑間の側にいたいっていうか、緑間をひとりにしたくない、みたいな信条でもあるのかと思ってた。といってもそんなことは無理だろうし、こないだだって緑間はひとりでいたわけだけど。

緑間が歩いていた方向を見、食堂と自販機があることを知っているオレは、ちょっとそこまでの同伴を申し出た。少し変な顔をした緑間だったが、多少は知っている間柄なのが幸いしてか特に拒否をするような素振りも見せなかった。ほんの数分の間だけ、高尾から護衛役を賜った気分。あいつはプリンスで間違いないが。
廊下を歩く緑間の隣は、少しだけ居心地が悪かった。


「…あれから、何もないか」

「ん? あーっと、うん、特になにもないです」

「そうか」

「うん。まあ、こっちは特に目立つとこもない文芸部員だしね」


平然と答えるフリをしながら内心、緑間から話しかけてくれたことと、それからその内容がオレに対する心配だったことがどこか嬉しかった。さっきからころころと移り変わる心に自分自身がついていけていない。

緑間はもう一度そうか、と呟いたきり、足を動かすことだけに専念してしまった。それがやや残念でもあり、出会ったばかりで話題がないのも仕方ないと思うのも正直なところ。ただ、高尾を探すためだけにやや離れた場所まで足を運ぶ緑間というのも、らしくなくていいなあと思った。

自販機の前まで来たので、緑間を呼び止めてちょっとだけ待ってもらった。好きらしいおしるこの方がいいかなと思ったが、それはやはり踏み込みすぎだろうと思って甘めの紅茶缶にする。オレは緑茶のペットボトルにして、紅茶缶の方を軽く緑間に投げ渡してやった。器用に受けとってラベルを見て、呆れたように苦笑をしたのがふたりの時間の終わりだった。


「真ちゃん!」

「高尾」

「どったの、こんなとこでー。あ、もしかしてオレのこと探してた?」

「自惚れるな。飲み物を買いに来ただけなのだよ」

「そっかそっか。…ん、そこにいるのはもしや文芸部」

「あ、はいどうも文芸部です」

「…ふーうん。ま、いーや、どうでも」


どこかから駆け寄ってきた高尾はオレを一瞥して心底興味がなさそうな声でそう言った。会うたびに高尾の中でのオレの評価がごりごりと削られていっているように感じるが、まあ人間関係そんなもんだろうとそのまま流してみる。理由が分からないなら推測をするしかないが、リアルな感情を感情のまま受け止めてみるのもアリだろうと思う。

高尾が来たならオレはお役御免だと、緑間にしか見えないようにしてちょいっと手をあげた。緑間が瞬きで答えたのを見てから、すれ違いざまに緑間の手から紅茶缶を奪っていく。これも役にはたたなそう、ならサッカー部にでも売りつけよう。あいつは見た目に反して甘いもの好きだ。少しだけ触れた指先には、何も思わないことにした。

デジャヴに近い何かを感じながら、離れた距離でまた振り返る。オレのときには数歩後ろにいた緑間、当然のようにおしるこを買ってやっている高尾、自販機の前に並ぶふたりはそれだけで小さく幸せを築いていて、オレはそんなふたりが好きだなとただ漠然と思った。

それはオレがロマンスを追い求めている理由のどこかに、ことりと音を立てて微笑んだ、気がした。




者の行く末
(オレたちのロマンスはまだまだこれからだ、)
(…なーんてね!)
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -