少し明るめな区画から一歩内側、先導されるままに入ったその店は、照明をできるだけしぼった室内に緩やかにジャズが流れる不思議な場所だった。客が来たところで店員は近寄ってこないシステムらしく、黄瀬と青峰が機嫌よくあそこがいいだのあっちがいいだの言い合って、結局少し奥まったところに4人しておさまった。黒子と青峰、オレと黄瀬、が隣り合って座る。なんだかこれも不思議な気分。
慣れた風にメニューを開いてまた喋りだすふたりを、黒子とそろって眺めてみた。同じ店にいるからかそれとももっと別の理由からか、このふたりが楽しそうに話しているのを見ると、そこらへんの男同士よりもずっと親密に見える。実際仲はいいのだろう、気に入ったパスタを半分ずつ分け合う約束をして、ようやくオレと黒子にそれぞれ向き直る。「テツ、何食う?」「そうですね。さっぱりしてて少し甘め系ので、青峰くんが選んでくれますか」「ん、おう。任せろ」ぴったりくっついてメニューをのぞく光景はどう見たってカップルのそれ。何度目かのゴチソウサマを喉の奥に流し込んだ。
「火神、何食べる?」
「んー。ここってパスタしかねぇの?」
「パスタとピザの店だから、ピザもあるっスよ。ていうかピザのが種類あるかも」
「お、ほんとだ。すげーな」
黄瀬がめくってくれたメニューをのぞくと、サンプルで作ってあるかのような見本メニューと自分でトッピングができるメニューとがきらびやかに並んでいた。アメリカのよりも量は少ないだろうが、日本の方が種類はたくさんある。
「オレ、チーズとパインのが好き」
「なんでお前の好みだよ。聞いてねえよ」
「分けてくれんじゃないんスか〜」
「食いたきゃきたの勝手に食え」
「やた!」
ひひ、と肘をついたまま黄瀬が笑う。会ったばかりのさっきとは態度が違いすぎるんじゃねえのかと不審さがよぎったが、どことなく楽しそうなのを見てそれもまあいいかと放置をきめた。実際パスタが食いたいといっていたのは本当なんだろう(それこそ当然のことだが)、メニューをめくりながらクリームパスタにするかボンゴレにするか悩むそれは見た目の歳相応に見える。
全員がそれぞれのメニューを決めて、黄瀬が呼んだ店員にそれを告げると、また黄瀬と青峰が話の中心をとりもって話し始めた。こいつらのなかではもうそう決まっているのだろう、ふたりが話して時折黒子に話題をふって、ふたりはその答えを心底嬉しそうに聞いている。
「でさぁ、そしたら青峰っちが」「黄瀬てめぇそれは言うなって言っただろ!」「残念でしたぁー、オレに黒子っちに秘密にすることなんかないっスよーだ」「て、め、え、後で確実に全力でシバく…!」「二人ともうるさいですよ」「あ、ごめんっス黒子っち」「こっちに謝罪はねえのかアホ黄色!」「青峰くん」「…スミマセンデシタ」テンポがいいのは会話だけではないらしい。見た目から強そうな青峰は口では黄瀬に勝てないらしく、結局間に黒子が入ることで丸くおさまっている。不思議と心地良いテンポだった。
「てゆーかさ、火神の話とか聞きたいんだけど」
「は?」
「ああ、そうですね。今日は火神くんは初めてですから、その方が新鮮かもしれませんよ」
「だよねー。じゃあんーと、火神って黒子っちとどういう関係?」
「関係?」
ノリだけで喋ってるような表情、行儀悪く肘をついたままで楽しそうに笑う。手首がやや細めに見える、そこに薄いリストバンドが巻かれているのが目についた。暗めの青。理由はきっと、オレには分からない。
「ただのサークル友達だよ」
「さーくる! なんの? …って、黒子っちがバスケだから、火神もバスケ?」
「おう」
「へーえーえ! ポジションは?」
「フォワード」
「だろーね、見た感じ」
オレがバスケサークル所属だと分かった途端、黄瀬は少しだけ目の輝きを変えて質問を重ねだした。こいつもやるのか、と声に出さずに呟くと同時、黒子から「黄瀬くんも、あと青峰くんもバスケ経験者です」と情報が投げられた。道理でな、と思う。
「お前、バスケ強いのか」
「さあ。アンタがどうだか分かんないからはっきりはいえないけど」
「ん?」
「多分、アンタよりは強いよ。自信もある」
「…上等」
挑戦的な目がキラリと光る。バスケとはいえ大学のサークル、本場でストバスをやっていたときのような快感走るバスケはここのところご無沙汰だった。見るからに引き締まった体、その自負、その目。さっきよりもずっと興味がわいた。
「なら、今度――…って、お前、この区画から出らんねえんだっけ」
「…そ、だね。…オレもアンタと闘りたかったスけど」
「この辺、バスケコートとかねえの」
「ない。向こうの区画越えるとあるみたいだけど、そこまで行くとペナルティだから」
「お前が?」
「同伴者が」
言って、備え付けてある飲料水を入れたコップに口をつける。黒子がちらりとこっちを見たのを感じて、オレはそれ以上口を開かなかった。黄瀬はコップの中身を半分くらい減らしてから、揺らぐ水面を見てふう、と息をついたようで。
「ねえ黒子っち、」向かい側ふたりの会話に自然なタイミングで入っていきながら重ねられた手のひらは、店員がそれぞれの料理でテーブルを埋めるまで離されることはなかった。