新しくふたりを引き連れて店を出ると、店内の雰囲気とはうって変わった空気にまたどんよりと包まれた。こんな中じゃ気持ちも盛り上がらないんじゃないのかと思ったが、隣にいるバカップル(としか形容のしようがない)はさっきから桃色の空気を隠そうともしていない。周りを見ないカップルにとっては、むしろ暗い方が盛り上がっていいのかもしれない。分かりたくもない知識。

男同士がくっつきあっても誰も気にしないのはさすが花街通りといったところだが、それを外れればさすがに問題なんじゃないだろうか。思った矢先に「移動許容範囲は区画内だけです。それを外れると、彼らのGPSからSOS信号が出て、その辺の暗がりから出てきたヤクザみたいな人たちに袋叩きにされますので注意してくださいね」とひんやりと楽しそうな声で言われた。店に入る前ならむしろオレが袋叩きにしてやりたいところだ。今はこいつの方がボディガードを雇ったような状況。オレの方はというと、黒子がモテモテのせいで両手は完全にノーガード。まあ、暇つぶしというのなら許容範囲だ。


「さて、じゃあどこに行きましょうか」

「テツ、飯食ってねえんだろ?」

「はい。いつも通りですね」

「んーと、イタリアン」

「ちょっと暗めのとこ」

「…なら、ハーフボガードでパスタでも」

「さっすがテツ」

「パスタパスター!」


慣れきったテンポで進む会話とこれからの予定に、オレは蚊帳の外であるにも関わらずほんのりとあたたかい気分だった。それはきっと普段から言葉少なであまり進んで交流をしない黒子が楽しそうに話しているからかもしれないし、黒子を挟んではしゃぐふたりが真っ直ぐに黒子を思っているからかもしれないし。どちらにせよ、青春映画かファミリー映画でも見ているかのような気分。

それがおかしくて少し笑いながらその背中を追っていたら、黄瀬が不意に振り向いてオレを見た。反射でぱちりと瞬きをすれば、黄瀬は黒子を一瞥してからその腕をするりと解いてオレが追いつくのを待っていた。そのたった数歩を少し早足で埋める。オレを見る黄瀬の顔が不機嫌そうに見えるのも、これはこれで面白い。


「火神、歩くの遅いっス」

「お前らが早いんだよ。ほっとけ」

「…ほっとけっつっても、今日のオレの相手はキミだしなあ。火神、エスコートとか不得意?」

「さあ。アメリカ流だから、日本人にはあんまいい顔されねえかな」

「アメリカ帰りなんスか? …なんだっけ、そういうの」


ねえ黒子っち、前を行く黒子に遠慮なく声をかけるのと同時、黄瀬はなんの違和感もなくオレの腕にきゅっと抱きついてきた。こういうのも経験だろうか。おそらくほぼ同じくらいの身長の男、普段なら冗談でもやめろと拒絶するところだが、黄瀬にされるとそう悪いものでもなかった。「帰国子女ですよ、黄瀬くん」なんでもない風に答える黒子、あいつもよく青峰と話しながらこっちの会話も聞いてられるなと思う。オレの知らない、黒子の意外な特技。


「あ、そうそう帰国子女。へえー意外」

「意外、の意味が知りたいところだな」

「キミ、なんかアホっぽいし。英語とか喋れんの」

「At least, than you speak.」

「うわ、びっくりした!」


簡単な英語で返してやったら、黄瀬はそこで初めてけらけらと楽しそうに笑った。初めて自分に向けられた笑顔はなんだかきれいというよりはカワイイ、に近くて、それもさすがと言うべきかただの素なのかと思うべきか、今のオレにはどちらも迷うところだった。


「へ〜え、アンタちょっと面白いかも」

「そりゃ光栄だな」

「ふうん。いいね、そういうの」


絡ませた腕の先で手をつながれて、その手が案外細いことと、それからオレよりもずっとあたたかいことに、オレはなぜだか少しだけ驚いた。不思議そうな顔をしたオレに気づいてか黄瀬がさっきのオレのように瞬いて、それからついと視線をそらす。

目の前を行くふたりはデコボコなくせにちゃんとカップルのようで、それを見る黄瀬の表情が今度は少しさみしそうなのを、オレはただ複雑な心境で感じていた。
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