「ボクの暇つぶしに付き合いませんか、火神くん」


唐突に、そう誘われた。黒子は同じ大学に通う友人で、その深い空色が何を考えているのかは分からなかったが、オレはとりあえず「…いいけど」と頷いた。そうですかと返す黒子はなぜオレを誘ったのかやどこに行くのか等は一切口にせず、そのまま今日の講義全てが終わるまでオレに話しかけてくることすらなかった。

そして夕方、講義も掲示板確認も終えたちょうどそのとき、すぐ真横から「じゃあ、行きましょうか」と静かに声が響いた。いつも次は驚かねえと決めるのだが、やはりこのときもオレは大層驚いた声とリアクションをとってしまった。てめぇと睨むよりも先に黒子は駅へ向かって歩き出していて、戦意もそがれたオレは仕方なくその後ろをついていくことにする。これから起こることにすら、黒子のことだ、あまり物珍しいものではないのだろうと思いながら。



「――…ここです」


電車を乗り継いで少し歩いて、ついたそこは騒がしさと胡散臭さがむせるような街の一角だった。そういう方向にうといオレでも分かる、いわゆる花街の一角。意外すぎて、もうどこに驚くべきかも分からない。


「こ…こって、何」

「何、というと」

「いや。ちょっと待て黒子。…お前こういうとこ興味あったのか?」

「興味がある、というより…ボクは常連ですけど」

「は!?」


疑問符を背中いっぱいにしょって呆然とするオレを放って、黒子は怪しげなそのドアをためらいもなく開いた。心の準備が、と少しひいた所からドアの中を窺い見る。…案外、普通のつくりだった。

やけにギラギラとする店たちに挟まれて、シンプルな作りと光具合で「Teiko Junior High School」と描かれているそれをじっとりとした思いで見つめながら、オレも小さいその背を追った。帝光中学校。そのうちどっかに訴えられんぞ、その名前。

ドアから入っておよそ5歩くらい入ったところで、カーテンのひかれた受付らしき場所があった。こういう店には入ったことのないオレは、とりあえず黒子がどうするのかと口を閉じたままその挙動を追う。黒子がすみません、と声をかけたその内側で、オレからは見えない女性がくるりと振り向いた。


「テツくーん! いらっしゃい!」

「こんばんは、桃井さん。青峰くん、いますか?」

「もっちろん! 今呼んでくるねー。…あ、えっと…あと、予約のときには同伴者がいるって話だったけど」

「ああ、はい、来てます。一緒に黄瀬くんも呼んでもらえますか」

「きーちゃんね。分かった、今連れてくるよ」


そちらの椅子にかけてお待ちください、言い残して去っていく受付の女。お互いに慣れきったやり取りを後ろで聞いてぽかんとしていたオレに、黒子がなにも気にしてなどいないという風にキミも座ったらどうですかと隣をたたいた。何がなんだか分からない。


「ここって、結局どういう店なんだ」

「どういう…平たくいえば、連れ出し宿のようなものです」

「…お前の口からそういう単語が出るとは思わなかったな…」

「といっても、ここはかなり規則が厳しいですよ。原則夜の相手はしませんし、触れるかどうかも、それ以前に何時間一緒にいられるかも店の子の気分次第です。ルールを破ればきついペナルティがありますし、そもそもここの子たちは腕っ節もなかなかのものですから。…それでも、経営には全く問題ないんです。これ、すごいと思いません?」

「あーっと…そう、だな。確かに」

「個性的な子ばかりですよ。ボクにはもう固定の子がいますので、キミにも気に入りの子ができるといいのですけど」

「…お前の暇つぶしって過激だな」

「…会えば分かりますよ」


黒子がほんのりと笑う。それがなにを指すのかは分からなかったが、すぐ横のドアの向こうが少し騒がしくなったのを聞いて、オレも口をつぐんだ。何が来ようと驚くことは驚くだろうが、それ以上は分からない。

暇つぶしだといいながらどこか嬉しそうな黒子を横目に、オレは会えば分かるというその相手が、ドアを開けてオレを見るのをささやかながら楽しみに待っていた。
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