さてそんなラブロマンス発作(サッカー部員命名)を抱えたままのオレは、その日の放課後、昼休みに調達しておいたスポーツドリンクを小さなクーラーボックス(サッカー部所有)に入れて体育館を訪れていた。
時間はもう遅くで空はすっかり夕暮れに覆われていたが、運動部の練習はあと数分ほどで終わることになっているので見回りが来ても特に何を言われるでもない。制服のままのオレはどう見たって運動部ではないはずだが、そこはそこ、クーラーボックスがオレをマネジに見せかけてくれるというわけである。サッカー部にしてはナイスアイディア。

そのまま体育館まで歩いていくと、バンバンとボールをつく音や耳慣れない指示をとばす声が近づいてきた。運動部の練習など見たことはなかったので少し怖気づくが、オレはどうしても一度話をしてみたかったのでそうっと入り口に近寄ってみる。どちらかといえば一方的なお礼がしたかっただけなのだけれど、練習を見てみたいと思ったのも本当だった。ちらり、ドアの隙間からのぞきこむ。

体育館の中ではバスケ部が全面を使って走り回っており、横に置いてあるスコアボードを見る限り紅白戦に似たようなものを行っているようだった。スコアは38と67で、オレからすれば結構差がついてるんだなというくらい。ロマンスゲッターのために視力だけはと死守してきた目をこらしてみると、件のふたり、高尾と緑間は別チームのようだった。

「ほらもっと前出ろ! 周り見てパス回せ!」「ボールにビビってんじゃねえよ初心者かテメー!!」「どこ見てんだ、シュートすんだから最初はゴール見てろ!」「そこ! 8番! 今のパスしてねぇで自分で行け!」「ブロック甘い! それじゃ全然壁になってねぇぞ!!」

めまぐるしくボールが移動する中で、(おそらく)先輩から(これまたおそらく)後輩へと萎縮してしまいそうな渇がとぶ。オレだったらあんなこと言われたらもビビりまくって突き指のひとつやふたつでは済まなそうだが、やはり王者と呼ばれるだけはあるらしい(サッカー部から聞いた)、言われた部員はその度に元気よく「ハイ!!」と答えている。一言でいえば、めちゃくちゃスゴイ。


そのままオレが呆然と見つめる中でいつしか試合は終了したらしく、主将らしき人が「ダウンして各自あがれ!」と声を上げた。部員が一斉に返事をするのは最早圧巻としか言いようがない。

あ、やべオレどうしよう、ととりあえずすぐ側のドアと壁の間に身を隠す。別段悪いことをしているわけではないので隠れる必要などないはずだが、やはり別部の活動場所にいるのはいささか居心地が悪い。ぞろぞろと出てくる部員におお、と感心しながら人数を数えてみる。60をこえたところで諦めた。

ふたりはどこだろうかと列が切れたところで覗き込んでみたら、先ほどの主将らしき人と緑間が何か話しているところだった。高尾はその後ろでボールを拾っている。片付け当番なのかな、と思っていたら、案の定ふたりだけを残して主将らしき人がこちらへとやってくる。その背を隠れて見送った。貫禄がある、って、あの人みたいなことを言うんだろう。

そのまま成り行きで耳をそばだててみた。何やら話をしている風でもなく、時折だむ、とボールをつく音がする。もうあがりじゃないのかなあと思う間もなく、しゅ、と空気が揺れる摩擦音がして、数秒のタイムラグの後で体育館中にボールと床が鋭くぶつかる音が響いた。聞いた話ではなんだっけ、ええと、緑間は確か。


「ナイスシュート」

「…当然なのだよ」

「うん。でも紅白戦負けたしなーすげえ悔しいわ」

「2軍混合では仕方ないだろう。いつもの試合とは違うのだよ」

「やー、まあね。そんでもさ」


一定の感覚でシュートをする音が響く。その横で高尾がボールを出してやったり戻ってきたボールを拾ったりと、かなり甲斐甲斐しく練習に付き合っていた。それだけでも野球のバッテリーのような雰囲気。今は部活中スイッチが入ってるんだろうか。ふむ。

悔しいよねえといった高尾が、不意に緑間に「ちょっと待ってて」と言い残してその場を離れた。こちらに向かってくると推測して即座にまた隙間に隠れると、バッシュと床がこすれる音が接近してきて、気分はちょっとホラーだった。オレホラー嫌いなのに。

すっぽりと隠れているはずだから見つからない自信はあったけど、こっそり見ている負い目があったからちょっと緊張した。高尾はドアから出てきたと思うとそのまま真っ直ぐ進み、数歩離れたところでぴたりととまる。ふう、ため息。


「そこのドアの後ろにいる人」

「ハイィィィィ!! ってうわー!!」


突然の指摘に思わず反射で答えたオレ、まさにジ・エンドな予感しかしないその状況で、高尾が向こうを向いたままなことにオレは更に驚いた。ドアを出る際にもこちらを窺うような視線も無く、え、嘘高尾ってどこに目ついてんのと思った。むしろ怯えた。今度こそくるりとターンしてオレを見たその目、だって高尾が、当然だけど何かすげえ怒ってる気がして。


「ンなに驚くことないだろー? 不審者サン」

「あ、どうも不審者です。すぐさま去りますのでお気遣い無く」

「お気遣いしちゃうよね、そんなとこにそんな状態でいられたら」

「いやあのこれには事情がですね!!!」


にこやかに笑うその顔の、目だけは確実に笑っていない。橙がかった眼光は鋭いなんてもんじゃなくオレに突き刺さる。


「事情ってナニ?」

「あの…なんと申しますかわたくし文芸部員なんですけれども」

「フーン。文芸部員がバスケ部になんの用」


取り付く島もありゃしねえとはこのことだぜと内心半泣きになりながら、しどろもどろになんとか言葉を繋ごうと試みる。ちょっと差し入れっていえばいいだけだと口を開きかけて、その向こうから眼鏡の緑頭がのぞいたのに気づいてオレの状況は更に悪化の一路をたどっていた。


「高尾? …なんだそいつは」

「知らねえ。文芸部員だってよ。…あと、こないだ屋上いたときにこいつもいた」

「は?」

「は!?」


またもや反射で返答が出た。ついでに体を思い切りひいたが、当然オレの後ろは壁とドア。ロマンスのかみさまヘルプミー。

高尾は緑間が来たことで更に機嫌を悪くさせて、ツリ目をさらに引き上げてオレのことを上から下までじろりとねめつけた。オレはというと高尾の視界の広さとかどこまで見えてるんだとか脳内は最早それどころではなく、オレの置かれている状況がいまやはっきりと分かったような気がして冷や汗で溺れそうなほどだ。高尾ちょう怖いマジ怖い。こいつこんなやつだったっけ。とても同い年とは思えない。


「…高尾、あまり脅すな」

「脅してねーよ。聞いてんだよ」

「どう考えても脅してる」

「真ちゃんこいつのことかばうの」

「かばう以前にオレには状況が理解できていないのだよ。現状としてオマエは睨みすぎだと判断したまでだ」

「…………分かった。…ゴメン」

「え、…あ、いや」


その後ろから緑間が高尾の肩を叩いて、一連の会話でなんとか高尾の怒りに似たなにかは中間くらいまでおさまったらしい。少しだけ緩んだ表情でオレを見返した高尾に、オレだってどうしたらいいかわからずにしどろもどろである。とりあえず助かった。


「そんで、えっと…ほんとに、何の用?」

「部活ならもう終わってしまったのだよ。主将か監督に用なら明日にしろ」

「あ、うん、えと…そうじゃなくて、ふたりに、用、みたいな…」

「オレ? …と、真ちゃんに?」

「そ、そう」


話を聞いてくれる体勢になった高尾は、この間屋上で感じた雰囲気そのままだった。怒らせたらいけない種類の人間なんだろう。自分と緑間を交互にさして、不思議そうな顔を隠しもせずに首を傾げる。


「その…こないだ、出歯亀みたいなことしてゴメン」

「あー、っと…それはまあ、いいよ。オレも気づいてて言わなかったし」

「…そ、っか。えっとでも、変な話なんだけど、」

「ん? うん」

「オレ、ラブロマンス映画とかが好きで」

「らぶろまんす?」

「要するにラブストーリー」

「ああ、恋愛話」

「そう。それで、……思わずときめきをいただいてしまったので、そのお礼、みたいな…」


事情を説明しつつ我ながら意味不明と失笑したくなった。なかなか公表しづらい現場を見てしまったというのに逆にお礼とか、オレだったらいぶかしむ。そもそもオレとこのふたりって話したのもこれで数回目なはずで、そんなやつがこんなこと言い出したら、オレだったら何はともあれ沈めておくと思う。床とか土とかそのへんに。

それでも高尾は一度目をぱちりとしただけで、へえ、と興味深そうな声で相槌をうった。後ろにいる緑間はオレにくらい言っておくのだよとかなんとか不服そうな声を出していたが、それもオレには向いていない。クーラーボックスからドリンクを二本出してそれぞれに渡したら、思ったよりもずっと普通に受け取ってくれた。高尾だけじゃなくて、緑間も。


「なんか、ありふれて当たり前の恋愛話もすげぇ好きなんだけど、なんていうか、お前らの恋ってすごく落ち着くっていうか…とにかく、心にしみて、きゅんときました。ありがとうございました」

「あー…うん。えっと、とりあえず、どう、も?」

「うん。…我ながら意味不明だっていうのはさっきオレ思ったから、高尾も緑間もいくらでも思っていいよ」

「…そうするのだよ」


ぷし、と緑間が早速ボトルを開けてくれた。最早興味はうせたとばかりに館内に戻っていきながら、ボトルにそっと口をつける。その動作が優しげに見えて、オレははあ、と思わずため息をついた。確かに緑間ってきれい、がよく似合う。


「…オイ」

「へ。あ、ハイ」

「何ひとのもんじろじろ見てんだよ」

「え」

「…なんつって。冗談」

「あ、……そう、デスヨネー」


振り向いた先にいた高尾は、一瞬だけさっきみたいな怒気をはらんだ瞳でオレをきっと見た。それだけでオレはもう全く高尾のライバルなど務まるはずもないのだが、緑間の背中を見る高尾はやはりまた一瞬だけ、切なそうな影を瞳に宿す。


「誰にも言うなよ」

「…言うわけないよ」

「うん。アンタは言わなそうだと思う。それでも、言うな」

「言わない。絶対。…その代わり」

「は?」

「オレに、もっとロマンス見せてよ」


幸せになってよと同義の言葉、オレごときが言葉にするとなんて違和感、それでもこういうセリフ、言ってみたかったんだよな。ちょっとした満足感。

意味分かんないって顔をした高尾だったけど、ほら、と促した後は、緑間の隣に並ぶまで、一度もオレを振り返ることはなかった。






者による接触
(ラブロマンスには波乱がつきものである、と)
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