翌日、所変わって教室である。
あれからというもの、オレはクラスメイトからコイバナハントをすることもなく、窓際最奥の定位置で悶々と頭を抱えていた。オレのこんな好みを笑い飛ばすでもなく笑顔で付き合ってくれる友人は、そんなオレを楽しそうにプッキーでつついている。
「なーに悩んでんだよ」
「いや…なんというか、今までの常識を覆すようなインパクトだった」
「へえ。どういう意味で?」
「いつも隣にいる…周囲からは友人認定…秘密裏の恋」
「ほぉー。そりゃロマンだな」
オレの鼻にプッキーを突っ込んで来そうだったのでそれをくわえ奪ってやりながら、脳内でぐるぐると回る事実は小説よりも云々という文句を半ば夢見心地で見つめていた。あの瞬間のトキメキを奇などとは呼ばせまい。あえて言うなれば、事実は小説よりも甘美であるといったところ。
「それ使い方合ってんのか?」
「うるさい。オレのロマンスに口出すな」
へいへいとあしらうそいつはやたらにこにことしている。何を隠そうこいつはかなりの情報通…というか人脈持ちで、学内中の誰しもがこいつを知っている、どころかこいつとひとつふたつはエピソードを持っている。それも「なんとかの日になになにをした」というだけで思い出せるほどの。それはこいつがただのトラブルメイカーなんじゃないのかとツッコミたくもなる確率だが、今回はこいつの話ではないので割愛する。
そんなやつとなぜ一番の友人であるかというと、ただのギブアンドテイクであると言う外はない。何組の誰と何組の誰が付き合っている、ロマンスに発展しそうだ、もしくはもう破局が近いなど、コイバナ情報に関しては学内一を誇るオレだが、唯一の不足としてその人脈があった。ぶっちゃけていえば、オレにとってのロマンスとは、コイバナではなく生きた恋、生きた恋愛なのだ。名前の寄せ集めだけでは意味がない。何気なく聞いたコイバナを引っさげてこいつのところへ行き、こいつのその二人とのエピソードを聞く。それは例えば傘を貸してあげたとか廊下でぶつかってしまっただとかその程度の些細なことであったが、それによってこのコイバナが生きていく。まさしくラブロマンス、というわけである。
「ああロミオ…どうしてアナタはロミオなの」
「そりゃかーちゃんがそう名づけたからじゃねえの」
「お前はロマンスとは何たるかを全く分かってない」
「あれ、昔ならとーちゃんか?」
「あの、ちょっと黙ってもらっていい? ロマンスが褪せるから黙ってもらっていい?」
眉間に人差し指をぶっさしてギリギリと押すが、サッカー部所属であるこいつは文芸部所属のオレの指先などものともしない。ペンは剣よりも強いが指先はどう足掻いても剣よりは弱い。むしろこいつの額よりも弱い。
いつかブン殴ると暴力に出られない自分の性分を棚にあげて、オレはひっそりと昨日のあの風景を思い出していた。風景といってもオレが見ていたのは晴れ渡った空だけだったが、時折囁かれる声とささやかにこぼれる笑い声が今でも心に染み付いている。
『緑間』
『ん、』
『好きだよ』
『…知っている、のだよ』
オレが今まで見てきたようなラブロマンス映画のワンシーンかと思った。透き通る空気、そこだけ時が止まるような感覚、甘く切なく痛む胸、寄り添うことが当たり前のようにそこに存在するぬくもりだとか誰もいない屋上でちょっとくっついてみたりだとか、
「ッァアアア!! ラブロマンス最高ォォォォ!!」
「おいおい全部口に出てんぞぅ」
「んなもん構ってられるかァァアア!!」
「発作か! いつもの!」
「いつもはアダ名なのに二人っきりになると苗字になるとはこれいかに」
「唐突に戻ったな」
「普段はけん制なのか…それとも何か理由があるのか…」
「それが知りてーのか?」
「正解がないのがラブロマンスだよ、ワトスンくん」
「アハハ」
普段からはそんな素振りは見えないのにと、オレは新たなロマンスとの出会いに気持ちばかりが興奮しっぱなしだった。仲がいいらしいことは知っていたが、部活もクラスも違えばすれ違うことさえ意識しない。オレはバスケのことは何も知らないし、あちらも文芸のことなどどうでもいい種類の人間だろう。それがいまや、オレのなかでのベストロマンスカップル賞である。
人生って、何があるか分からない。
第三者による考察
(あいつらのこと、もっと知りたいなあ)