春日を怒らせた。


滅多に怒らないタイプの人間である春日を怒らせるには、…かなりくだらないとわかってはいる、いるがそれくらいしかオレに把握できる事実がないからそういうしかない。
春日は、オレが自身を卑下するのを特に嫌っていた。

それは謙遜のレベルでもかなり高度な言語能力が要求される。東京の王者であり、またその主将でもあるオレは、やはりそれなりに評価をもらうことがある。「すごいですね」「王者の主将はやはりレベルが違う」云々、そのような時に「オレなどまだまだですよ」などと言おうものなら事態はかなり悲惨なことになった。

無視や無口化はデフォルトで、場合によっては不意打ち気味にぶっ叩かれることすらあった。唯一譲れない線だと言う春日の言い分が本気だということは知っていたので、ここはオレが悪いのだろうと結局はオレが折れるしかない。けれど、オブラートに包んで話すことなどないと公言しているオレでも、さすがに大人相手にそんな話し方が出来るとは思えない。その辺りも分かってもらいたいと思うのはオレの勝手なのだろうか。同い年だろうと思いつつも、その拗ねた背中が物語る怒りと悲しみとそれからオレには分からない何か、それに耐え切れなくなるのもいつもオレの方だった。


「…春日」

「………」

「かーすーが」

「……聞こえてるし〜」


なんとか返事をもらって息をつく。どうやらカッとなった瞬間からは随分怒りは鎮火されているらしい。それでも口ほどに物を語る背中は、オレにずっと恨み言を呟いているが。


「…悪かった。オレがうっかりした」

「…何がか言ってみろ」

「それしか選択肢がなかったとしても、お前の前で言うべきことじゃなかった。お前が傷つくのが分かってて、なのに優先すべきお前を見失ってた。だから悪かった」


どこかで誰かが、言葉で説明できる事実などは何一つ無く、また故に事実を言葉で説明しようとする人間は大概が信用できないといっていたのを思い出す。ならオレは今、世界でもっとも信用ならない人間なのだろう。けれど、春日はそれでも言葉を欲しがるから。言葉でないと信用できないというから。自らが思う矛盾と恋人の要望と、これもやはり優先すべきは明白だった。

少し離れた場所に座って謝罪を述べたら、丸くなっていた背中が少し身動ぎをした。機嫌は直るだろうか。笑っていなければと思うことはないが、それでもオレは、笑っている春日の方が好ましいと思う。それを今言えるかどうかはともかくとして。


「…岩村」

「何だ」

「……きて」


こっち、呟かれたままに座っていた床から腰をあげる。春日が動かないので、よく分からないままに隣に膝をついてしゃがみこんだ。顔は見えないのが残念だったが、その背中はもう黙り込んでいた。意思は春日に戻ったらしい。それは多分、どちらにとってもいいことだ。

そのまま時計の針が踊るのを耳で聞いていたら、春日が静かに長く息をはいた。あーあー、小さく聞こえるのは何かの発信音だろうか。残念ながらオレには受信機がついていないので、どうにかこうにか把握するしかない。

シャツをひっぱられるまでそうしていて、少しだけ涙がにじんだ目で睨まれた。かなり緩んだ怒りではあったけれど、春日はそれなりに顔が整っているので少し怯む。


「…もう言うなよ」

「ああ」

「ほんとに分かってる〜?」

「ああ。お前が言うなと言うなら、もう言わない」

「…指きりしよっか」


疑問符を返す前に指を出された。
ほら早く、急かされるままに指を絡める。


歌の代わりにつかれた悪態と春日の笑顔を、オレはきっと忘れないんだろうと思った。


















怒る春日さんと困る岩村先輩。
このカプもほんと大好きです。正邦ラブ。あっ息子出し損ねた…!



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