夕暮れ時の公園だった。
きぃきぃと鳴るブランコに腰掛けて、ついさっき買ってきてもらったココアの缶で指先を温める。しびれるような熱にふはーと息をつけば、その先へと白い風が吹き抜けていった。
ココアを買ってきてくれた火神っちも、すぐ隣のブランコに腰をおろしていた。手に持っているのはコーヒーの缶。意外といえば意外だけど、やっぱりかっこいい男の人に缶コーヒーは鉄板っスと遠慮のえの字もなくじぃっと見つめてみた。ちょっとだけブランコを揺らしながら、丘の向こうの景色を見ている目。


「火神っち」

「ん? なんだよ」

「へへ〜呼んだだけ」

「…バカか」


誰もいない公園、沈んでいく夕日、景色はもうほとんどがオレンジ色に染まっていた。
駅での別れ際、今日はもうちょっと一緒にいたいと言ったら、火神っちはちょっとだけ困った風に笑って「いいぜ、散歩でもしていくか」と駅から見える丘を指した。

それに胸がぎゅっとして、同時にオレってばまたワガママばっかだと落胆した。たまには火神っちもワガママ言ってくれればいいのに。バスケやってる時以外、全然同い年に思えない。


「バスケしたいなー」

「…さっき散々やっただろ」

「でもしたい。火神っちボール持ってないんスか?」

「持っててもしねぇよ。また夢中になってお前が倒れんのが目に見えてっし」

「た、倒れたって一回しかないじゃないっスか!」

「はいはい」


また今度なって、やっぱりガキ扱いされてるようにしか思えない。オレの言動がそうさせてるって知ってるけど。いっつも主導権は火神っちにあるんですよって感じで、やっぱりなんか、気に入らない。

ちょっとぶーたれたくなって、ブランコを漕ぎ出した。ゆらゆらするブランコはオレをもっと遠くへ連れて行ってくれそうで、どうにでもなれって思い切り漕いだ。足がついてしまうくらいのブランコだから漕ぐのも一苦労だ。でももしこのブランコが、ほんとにオレを遠くへ連れて行ってしまったら、…そしたら火神っちとはバイバイだ。そんなのはいやだった。我ながらネガティブな思考。

そのまま勢いをつけて、思い切りブランコから飛び降りた、オイ、って火神っちの慌てた声、今はそれだけでいっかと勢いのままターンする。立ち上がりかけていた火神っちに手を差し出して、そのまま景色を撫でるようにくるくると。


「"街が燃えている!"」


突如回りだして大声をあげたオレに、当然ながら火神っちはビックリした顔をしていた。無性におかしいと思って、一度きゅ、とかかとでターンを止める。公園には誰もいない。夕暮れをバックに、作り物の笑顔で聞いてみた。


「知らない? 火神っち」

「いや…なんだよいきなり」

「ふっふっふ」


戸惑っている火神っち、そういう顔も好きだなあと思った。もっと慌てて、困って、そんでオレのこと、もっと求めてみせてよ。オレばっかり必死になったんじゃアンフェアでしょ?

友人じゃなくて恋人になってくれたんだったら、オレはもっともっと近くに行きたい。それだけでいいのに。


「"燃えさかる街は君を待っているのだ! ああ、ああ、あの永遠は燃えさかり、扉を蹴破り、ただ立ち尽くすものたちをなぎ払っていく! そしていつしか、君の心までをも焼き尽くすだろう!"」


モデル仲間の子が今度舞台に立つらしく、その稽古を見学させてもらったのはつい先週のことだった。スポーツに便利なコピー能力は演技でも活用できるみたいで、見ながらマネしてる間にほとんどのセリフを覚えてしまっていた。役者もちょっといいかななんて思ったけど、それよりもオレには、その舞台の脚本の方が心に残った。

愛し合い、引き裂かれた恋人たち。真っ赤に燃えているのは、狂ってしまった片割れが火を放った彼らの生まれ故郷だった。彼らの行く末を拒んだのはその街の長であり、そして街の人々であったから、その片割れは街さえなくなればいいのかと長い間苦悩していた。それは彼女の望むことではない、それだけは許されないともがき苦しみ、そしていつしか壊れていった。その末路。火を放ち、その街を背に、彼は彼女にとても美しく笑うのだ。

世界にたったふたりきり、そんな常人の考えないような夢物語が欲しいといってる訳じゃない。

何がなんだか分からないと言いたげな表情だった火神っちは、オレが笑ってみせるのと同時、すっと手を差し出して膝をついた。夕日が傾く。燃えるようなあかいろ。


「"この手を取って。貴方と共に行けるなら、わたしはそれで構わない"」


息をのむ、きっとオレはさっきの火神っちよりもビックリしているに違いない。目の前の笑みはさもしてやったりという感じ、むかつくよりは悔しさの方が近い。何よりも、セリフと合わないその仕草にぐっときてしまった自分自身に、だ。


「…知ってたんじゃないスか」

「まあな。元々アッチの映画だぜ、それ」

「火神っち、映画なんか見んの」

「そりゃそれなりに。ラブストーリーなんかは滅多に見ねえけど」

「ふうーん」


タイトルを聞いたら覚えてないといわれた。立ち上がる火神っちの代わりに、今度はオレがしゃがみこむ。見上げたら、夕日で赤く燃える火神っちがいて、いつの間にかオレの手を離れていたココアの缶が、足元でかつりと文句を言った。






バーンイブニング
("ああ、それこそがまさに世界の終焉だ!")
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