「なんで枕振りかぶってたんだよ」

「…不審者かと思って」


部屋に入って来るなり布団に押し戻されて、そのまま枕元で説教された。鍵持ってるんだから家族か、少なくとも知人だろうとため息まじりで携帯を拾ってくれる。最もだ。今日二回目の感心。ほんとに頭回ってない。

火神っちはオレに布団をばさばさかぶせて、一階と二階を行ったり来たりしながら甲斐甲斐しく世話をしてくれた。手馴れてるなーと思ってみてたら、一人暮らしじゃ自分しかいねえからなと苦笑された。そういえばそうだよなあ。


「…なんで来たんスか?」

「なんでって」

「だって、学校は」

「ああ。…黒子にカゼだっていっといた」

「…黒子っちなんていってた?」

「『バカでも風邪ひくんですね、それは大変興味深い』」

「はは、黒子っちらしー」

「イヤミだろ。サボるったって、今日は部活ねえから」

「部活? なんで?」

「2年が職業体験行ってんだってよ」


ほら、と濡れタオルをおでこにのせられる。内にこもるような熱が、ひんやりとしたタオルに吸収されていくような感覚。気持ちいい。出来れば、そのまま手当てといてくれると嬉しいんだけどなーとちょっとだけ思った。

散らかってた部屋をちょこちょこっと片付けて、台所で少し何かしていた火神っちが手を拭きながら戻ってくる。やれそうなことを全部終えたのか、よし、といってまた枕元に帰ってきてくれた。反射で笑みがこぼれる。にへら。


「…何へらへら笑ってんだ」

「なんでもないっスー。しょくぎょーたいけんって、どんなことするんスか」

「さあ? 駅前のベーカリーとか施設とか、色々あんじゃねえの」

「ふーん」

「お前、メシは」

「う?」


パン屋さんにいる火神っちかーなんてことを考えていたせいで聞き逃した。聞き返したら、もう一回、メシ食ったのかよと頭を撫でられる。今日の火神っちはすごく優しい。いつもも優しいけど。どっちでも好きだけど。

ご飯は母親が作ってくれたのがあるらしいけれど、ベッドから起き上がる気がしなかったせいで朝から何も食べていない。そういったら、ちょっとだけ困ったような怒ったような、微妙な顔をされた。火神っちはオレがご飯食べないとものすごく怒る。火神っちだって時々飯も食わないでストバスとかしてる癖に。でもその心配が、オレはすごく嬉しいんだってこと、火神っちはきっと知ってるんだろうな。


「おかゆ作ったけど、食べられるか」

「おかゆ…中身なに?」

「卵とツナとタマネギ」

「食べる」


火神っちに支えてもらって、すぐ横の壁に寄りかかる。さっきは咄嗟に起き上がれたけど、さすがに気の抜けた今は頭痛とだるさで不可能だ。おでこのタオルが落ちないように手で押さえて、ちょっと待ってろと台所に下りていった火神っちの背中を見送った。手馴れてるなあとぼんやり思う。病人の扱いというよりは、オレの扱いというべきか。慣れさせるほどワガママを連発した覚えは全く、…あんまり、ないのだけど。

戻ってきた火神っちの手には、小さな土鍋と水のペットボトルがあった。帰国子女のくせにそんな鍋使えるんだと思ったのが半分、火神っちのごはんーと思ったのが半分。膝のすぐ横に置かれた鍋を見るだけで、黄瀬? と不思議そうな顔をした火神っちに思いついたワガママをひとつ。


「火神っちー、あーんして食べさせて」

「…バカか。自分で食え」

「バカでもいっスもん。手動かすのおっくう」

「…お前って、普段もそうだけど風邪ひくと更に甘えただな」

「うん。火神っちに甘えたい」


ね、とお願いしたら、ちょっとだけ考えるみたいにおでこに手を当てて、それからやっぱりはあ、とため息をついてオレのベッドに乗り上げた。あんまりすると火神っちはオレのお願いを絶対聞いてくれるんだって誤解しちゃいそうだよ、オレ。

おかゆをれんげですくって息を吹きかけながら、火神っちがぽつりと、寂しいならそういえよ、と呟いた。もしかしてオレの返事がないのを心配して来てくれたのかな。火神っちは器用に見えて不器用で、それでいてすごく心配性だった。オレがこんなだからだけど、オレはそれがすごくすごく嬉しくて、だからうん、と素直に頷いた。

ほらよ、と差し出されたおかゆにぱくつく。温かくて、それからいつもの火神っちのご飯の味。美味しいといえば、いっぱい食っとけよと笑ってくれた。


風邪をひいていなくても出来ることは、風邪をひいていても結局は出来た。
それが分かっただけで、オレはすごく、満ち足りた気分だった。




いつも、いつでも、何でも。
(だから今日は、ずっと側にいてよ)
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