こつりとドアをノックして、返事は聞かずにそっと開けた。部屋の中はいつも通りの散らかり様、多分黒子っちの手には負えなかったに違いない。本棚だけは綺麗にアイウエオ順に並んでいた。らしいといえばらしい足掻きだ。

そのまま散らばっている紙やらゴミやら機器やらを踏まないように部屋を進んで、彼がいつもいる書斎へ向かった。足跡のように残る隙間は芸術的だと感心する。彼はそんなこと考えちゃいないだろうけど。

窓もドアもひとつも開けられていない部屋は、閉鎖的というよりはむしろ迫り来る威圧感がある。息が詰まった。こんなところ、正気じゃ長時間いられない。壁の色は果てしない白、白、白。とてつもなく心がさむくなる。そしてさみしい。オレはすごく、かなしかった。


「緑間っち」


行きなれた書斎に足を踏み入れる。この家の唯一の住人である友人は、今日も同じ場所で黙々と本を読んでいた。けれど、オレが入るとついと顔を上げて、彼には珍しく少しだけ微笑んだように見えた。


「黄瀬か。毎日ご苦労だな」

「まあね。黒子っちも来たでしょ」

「ああ。…何を話したかはあまり覚えていないのだよ。すまないな」

「いっスよ、そんなの。オレには関係ないことっス」


両手をひらひらと振る。緑間っちはお茶でも飲むかと立ち上がって、その周囲の惨状にようやく気づいたように動きを止めた。不思議そうな表情。オレは未だ、ドアの前から動けない。


「……黄瀬?」

「うん?」

「…いや。いつまでそこにいるんだ」

「ああ。うーん、だってちょっと、モデルが座るにはステージが整ってない気がしないっスか」

「くだらん。リビングでいいだろう」

「オッケー」


今日もダメか、と小さくため息をついた。
部屋の中は紙と新聞と、それからよく分からないものでぐちゃぐちゃになっていた。バラエティで見るなんとかいう部屋とはタイプが異なるが、これだって異常なことには変わりない。緑間っちはこの部屋で、真ん中にすえられたチェアに座って、時折ひとりごとを言いながら本を読み続ける。寝食も忘れ、身を削ってまで。


「生憎、緑茶とほうじ茶しか置いてないのだよ。どっちがいい」

「んーと、緑茶で。つかオレいれるっスよ」

「そうか? …なら頼むのだよ。最近手元が狂いやすくて」

「眼鏡新調したらどうスか。もしかして老化現象?」

「そんなに投げて欲しいなら今すぐその窓から投げてやる」

「冗談っス!!」


開けられていない窓。内側から何重にも木の板で塞がれていて、その間からはどうやったって光は入らない。その窓が開くと、そこから光が入っていると、緑間っちはもう何年も思っている。ここでずっとひとりで。


「…ね、緑間っち」

「うん? 湯がないなら沸かせ」

「うん。今沸かしてる。そうじゃなくて、」

「なんだ。はっきり言え」

「…今日は高尾っちは?」

「高尾?」


いつの間にか持っていた新聞をめくっていた緑間っちは、その言葉を聞いて嬉しそうにはにかんだ。その新聞だってもう何年も前のもので、今湯を沸かしてるやかんはオレが家から持ってきたもので、だってもうこの家は。


「高尾なら、朝方外に出かけていった。今日は何かいい事があるらしい」

「…おは朝でも見たのかな」

「さあな。テレビが無いから、高尾の言っていることが嘘でもオレには分からないのだよ」

「それでも、いいんスか」

「構わない。高尾がいれば、特に困らないからな」


そろそろ帰ってくると思うが、といった緑間っちに、いれたばかりのお茶を出す。緑間っちは自分で台所に立つことは全く無い。と、本人は言う。『高尾』がいれてくれるから、『高尾』がやっていたことだから。高校三年間を共に過ごしたというチームメイト。

緑間っちが卒業するまでに、そのことをたくさん聞かされた。だからオレは、緑間っちにもキセキ以外に友達ができたんスねえなんて、ちゃかして面白がった。…緑間っちが壊れていたのなんて、オレたちはずっと知らなかったから。


ここに入る前、お医者に言われて秀徳の卒業名簿を調べた。

緑間っちの言う『高尾和成』の名前は、1期生から今まで、どこにも見当たらなかった。





「…オレ、そろそろ帰るっスね」

「そうか? 会って行けばいいのに」

「ううん。邪魔しちゃ悪いし、高尾っちによろしく言っといて」

「分かった。気をつけて帰るのだよ」

「りょーかい。また明日」


明日も来るのかと困ったように笑う。うん、また来るよ、オレにだってもう、笑うしかできなかった。

あまりに苦しかった。かつてのチームメイトが滅んでいく様を、オレはずっと隣で見てきた。でももう、ここに来るのは黒子っちとオレと、時々黒子っちと一緒に来る桃っちしかいない。それがなくなったら、ほんとに緑間っちはひとりになる。


『高尾が、ずっと一緒にここで暮らそうと言っていたからな』


緑間っちをここから、この家から、『高尾』から、連れ出すことは絶対にできない。それが一番、オレにとってはかなしかった。







トレス・ラバー
(真ちゃん、ずっと一緒だよ)




「ビューティフルマインド」を見たので統/合失.調症な真ちゃん…と思って書いてみたらただのホラーになったような気がしなくもない
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