「愛は語るものではなく、生きるものだ」
かちゃりとカップを置くのと同時、手元の本に目を落としたまま目の前のふわふわ頭がぽつりといった。呼びかけも視線もないそれを独り言だと断定して、そのまま自分もぺらりと紙を繰る。時計がひとつ時を刻んだ。
もう一枚進んだところで、今度は小さく名前を呼ばれた。緑間。耳にざらりと残る音、時計はそれでも構わずに巡る。かちり。
促す間もなく、にこりと嘘くさい笑みを湛えた高尾は、読んでいた本をぺたりと裏返して机に伏した。
「深いね」
「…意味が分からないだけなのだよ」
「うーん、真ちゃんらしい」
何がおかしいのかも分からないが、目の前の男はからからと楽しそうに笑う。くだらないと一笑に付してやるのも何やら気に入らなくて、そのまままた本に意識を戻した。
しばらく文字の列を追いかけていたら、べったりと絡みつくような視線が正面から突き刺さるのを感じた。顔をあげるのとこのままいるのとどちらがより苛立ちが募るかと考えつつページをめくる。視線は動かない。
本のしおり代わりについている紐の先をいじり、その編み目がほどけているのを見てから目を閉じる。焼け付くような視線だった。目を開けるのと同時、持っていた本の背表紙を、にこりともしていなかったらしいその頭の頂点に振り下ろした。がつり、鈍い音。
「いったー! ちょっ、なに真ちゃん!」
「その目を閉じろ。集中できない」
「えー…今めちゃくちゃ痛かったんですけど…」
お前の視線の方が余程凶器だといってやりたい。これ見よがしに頭をさすりながら拗ねたように文句をいう、その目は未だその名の通りの眼光を宿していた。意図が分からないせいで気持ち悪い。
「大人しく、本でも読むか寝るかしているのだよ。オレの邪魔をするな」
「邪魔ってなんだよー。見てただけだろ」
「そんなに見られている意味が分からない」
「今を生きようかと思って」
「…オマエは国語の成績は良かったように思うが」
にへら、伸ばされた手をかわす。数センチほど下がったところで背もたれに阻まれて、結局その手の接触を許してしまった。その目が一瞬、捕食者の目のように見えたのはなぜだろうか。オレはこいつに食われる趣味はない。
手首を捕んだまま何も言わない高尾を見返した。その目の鋭さに少し不安になる、こいつのせいで自分の感情が揺るがされるのが許せない。表面だけは変えないように、それでも眉間にしわを寄せて不快だと睨みつけた。
おそらく数秒の間そうしていた高尾は、これもまた突然ふっと表情を緩め。今度はしっかりと柔らかく笑う。
「なるほどなあー」
「…なんなのだよ…」
「悪い。ちょっとした実験」
「実験?」
いつの間にか手首についていた後を申し訳なさそうにさする高尾を半ば呆然と見ていたら、ちゅ、とそこにキスを落とされた。感情が震える。あぐ、噛み付くようなキスと、あざのような痕。それ以上を縮めずに、猛禽類が満足げにわらう。
「確かに愛は、語らなくてもよさそうだ」
ボイスレスシャウト
(耳に心に痛いほど)