ボクっ子に、付き合って欲しいといわれた。
「…いやオマエまじで何いってんの」
「勘違いするな。手紙をもらったのだよ」
手紙、はあそうですか。そんな気の抜けたような返事になってしまったオレを、ボクっ子にだって責める権利などない。だってオマエそんな、主語がないその台詞をリアルに聞くなんて思いもしないわけで。
「えっと、それで?」
「何が」
「何がじゃねーよ、その手紙の内容も知らないで返事できるわけねーだろ」
「…ほんとにオマエは短気だな」
「オマエがさくさく答えないせいだよ」
ちょっとだけ眉間にしわを寄せたボクっ子をシカトして、その手から手紙を取り上げた。口の形があ、と言いかけたが、強く出ることの出来ないボクっ子はそのままもう一度口を閉じる。どうせまたぶつぶつなんか言ってるんだろうけど、オレにはテレパシーなんてものはないので聞こえない。
そのうす緑色の手紙を開いたら、ふたつに折られた便箋が一枚入っていた。取り出してためらいなく開く。『緑間君へ 今日の放課後、中庭で待ってます』シンプルかつはっきりとした恋文だった。今時の女子でメールじゃなく直接告ろうってんだから、結構頑固か強気な女子なんだろうと勝手に推測する。
「中庭ねえ。ふうーん」
「…それで」
「は? あー…あーはいはい。分かった把握した」
「分かったかどうかはいい。来てくれるのか」
「うん、あのねえみどりま、それデリカシー無しっていうんだよ。知ってた?」
「…デリカシー?」
「保護者同伴不可って意味」
なるべくボクっ子の感情を刺激しないように、オレも同じように感情を殺してそう告げた。それでもボクっ子はその言葉を聞いた途端にきゅ、と下唇をかんで、オレが返した手紙を今度は忌々しげに見つめだす。おいおいボクっ子、そんなにめんどくさいオマエに好意を抱いてる相手にその目はないだろ。そりゃオマエのそういうところを知ってるとは思えないけどさ。
中庭というのはここの高校にあるひとつの名所みたいなもので、草木が生い茂っているその中央に丸池があったり周囲にはベンチがあったりとかなり華々しく、まあご想像の通りアベック(ってこれはもう死語か?)の昼休みのたまり場になっていた。そしてこれも高校生によくあるジンクスってやつで、その丸池を挟んで告白すれば必ずオッケーがもらえると専らの評判だった。
常識的に考えてあり得ないことを信じるのがこの年頃の女子ってやつで、ついでに目の前の仏頂面もそんな感じではあったけど、とにかく普通に考えれば理解できないの一言に尽きる。巻き込まれたボクっ子は不憫だといわざるを得ないが、まあオマエも似たようなもんだろと最後のところだけ言ってやった。
「…おは朝占いとジンクスは違うのだよ」
「はあ。まあどっちでもいいから、ちゃちゃっと行ってさくっと終わらせてこいよ」
「…………だって」
だってって何だよ。オマエの身長と顔で言われてもなんも思わねーよ。
そういってしまうのは簡単だったが、今にも泣きそうに歪んだボクっ子の表情はいつも通りオレの庇護欲とか母性本能とかそういうよく分からない部分をくすぐって、最終的にオレはため息をつくしか出来なかった。こんなボクっ子を方っておくことは出来ない。でも、女子の告白を出歯亀する気も全く起きない。
「何だよ。早く行かねーとオレ帰るぞ」
「…たかおが行かないなら行かない」
「は?」
「……もう言わない」
今日のラッキーアイテムだといっていた桃色イルカのぬいぐるみ(またこれ男子高校生がもつには凶悪すぎるカワイさだ)を口元にもふっとくっつけて、ボクっ子は拗ねたようにしてオレから視線を外した。何これ、なんでオレが責められる体になってんの。
「は、あ?」
「たかおうるさい」
「うるさいじゃねえよ、女子待ってんだろ!」
「しらない」
「オ、…マエなあ」
「たかおは!」
がしっと肩を掴んだ手を、ボクっ子にしては珍しく振りほどかれた。というか、思いっきり払われた。痛む手の甲よりも、ぎっとオレを睨むボクっ子の視線の方が痛い。
「…たかおはどうして、ボクをひとりにするのだよ」
「…ひとりになんて」
「うるさい」
たかおなんてきらいだ、とうとう机に突っ伏したボクっ子を、今度こそ困った顔で見下ろした。ボクっ子の「きらい」がどうしていいか分からないサインだと分かったのはつい最近のことだった。告白の現場についていかないだけでどうしてこうもボクっ子が動揺するのか、――理由は分かりきっていたのだけれど。
オレがいないと、ボクっ子は他の人と話せない。こう見えて律儀なボクっ子は、そんな障害があってもとにかく呼び出しに応じなければと思ったのだろう。オレにあんなお願いをするのは当然のことであり、ボクっ子にとっては苦肉の策だ。
ボクっ子にとって最後の防波堤となってしまったオレは、そんなある意味で破綻しかけているボクっ子に、これ以上つらい言葉を投げることは出来なかった。
それでもオレにだって出来ることと出来ないことがあって、ここで怒って怒鳴りも出来ないオレは、結局どちらにしてもオレとボクっ子にしか良く働かない選択肢を選んだ。つまりはボクっ子の頭を撫で、ごめんなと呟いて、機嫌と気分が少し浮上したボクっ子の荷物を抱えて、そのまま教室のドアを出た。
「…たかお」
「オレが悪かった。…ごめん」
後ろを着いてきたボクっ子は少し不思議そうな表情で、でも、と戸惑いがちにオレを見た。でもそれも帰ろうぜ、と笑ってやれば、すぐまたしょうがないなって表情に戻る。ボクっ子は単純だから。
ボクっ子がもう忘れかけているだろう手紙をそっとカバンの中に入れた。後でちゃんと名前を見て、明日辺り、オレから謝ってあげようと思って。
なんて損な役回り
(それでもここを手放せない)
TITLE:いつか消えます