――君は僕に降る雪だった。









ミーティングだけの部活が終わってこれからどこかで自主練でもしようかと思った矢先、黄瀬から「今すぐこっちの最寄りのスタジオ来て欲しいっス!」と切羽詰った調子でメールが入った。当然オレは「なんで?」と返すわけだが、それにも「いいから!」と事情説明も行き方もなにもないままだった。お前人を呼びつけるのにそれはどうだ。

とはいえこの程度のワガママはいつもの範囲内なので、オレは電車を乗り継いでなんとかそのスタジオに到着した。表じゃいれてくれないから右側の裏から入ってね、といわれた通りにその裏手へ回ると、ちょっと見た目が悪い感じの警備員が立っていた。


「こんばんは」

「…どうも」

「ここのスタジオ? 誰に用事かな?」

「えっと…黄瀬涼太に」

「少し待ってね」


その警備員は薄っぺらい笑顔(それこそ黒子がよくするようなやつだ)でポケットから小型の電話を取り出し、いくつかプッシュしてどこかへ電話を飛ばしていた。
「あ、どうも村崎です。黄瀬さんにお客様ですが、…ええ、はい。はい。少々お待ちください」どうすればいいのかも分からないまま通話が終わるのを待っていたら、そいつがいきなり「名前は?」と聞いてきた。今度はオレの、でいいんだろうか。「火神大我、です」うん、とそこで初めてその警備員の笑顔を見た。


「お通しします、はい、失礼いたします。…えっと、火神くん、だったね」

「あ、ハイ」

「4階の手前から3番目の部屋で、黄瀬さんがお待ちです。入ってすぐのエレベーターをご利用ください」

「あ…ども」


ドアを開けてくれたその人にぺこりと頭を下げる。入った直後に、すぐ後ろでカチリと鍵が回る音がした。芸能人が使うスタジオって大変なんだな、と漠然と思った。ていうかあいつって、結構すごいやつなのか。

案内されたままの道をたどっていったら、目的の部屋にたどりついた。ノックをしてみたが返事はない。まだ戻ってないのかとも思ったが、あれだけ切羽詰った様子だとどうしても気になってしまう。
室内に誰もいないとなるとさすがに開けるわけにもいかず、周囲をきょろりと見渡してみた。どうやらここは小さなスタジオらしく、壁に下がったいくつかのランプで『撮影中』が点灯しているのはひとつだけだった。もしかしたらそこにいるのかもしれない。

真っ白な廊下を進んでいくと、さすがにそれなりな設備が揃っていそうな部屋が見えてきた。両開きのドアは片方が開け放されていて、そこから中がのぞけそうだとそっと近づいてみる。
スタジオというだけあって、中ではかなりちゃんとした撮影が行われていた。この世界の内情なんてものは全くもって知らなかったから、知識はテレビとあいつが無理矢理見せてくる嫌にきらびやかな雑誌だけだ。中央のステージを取り囲むようにビデオカメラが幾台も並んでいる。

その真ん中、一段上がったそこに、ひとり男が立っていた。それがタレントなのだろう、ポケットに色んなものをさした女性がそいつにメイクをしているようだった。
少しだけ何かをあてて、遠くから見て、そのタレントと二言三言かわして離れる。そこで行われている撮影のコンセプトはここからでは何も分からなかったが、やたらと白いステージに目を奪われた。遠めに見ているだけでも綺麗な顔立ちをしているタレントと、真っ白なステージと衣装。

へえ、と思って邪魔にならないようにしゃがみこもうとした、ら、ドアの止め具に足を引っ掛けてすっころんだ。体勢は崩れたものの幸い目の前のドアノブを握れた、と思ったら、今度はそのドアに思い切り足をぶつけてしまう。結局ものすごい音が響いた。


「いっ…!」

「だ、誰だか分かんないスけど大丈夫っスかー!? …って火神っち!」

「黄瀬、てめえ、どこいやがっ…」

「…うわ、なにこれちょうレアかもしんない」


佐々木さーんオレの携帯! 黄瀬のアホ声が脳内と思ったよりも痛かった足先に響く。痛みが治まるまでは絶対に怒らないと決めてなんとか気を静めようと試みる。ピロリ〜ン、とか鳴った音は気にしない。でも後でブン殴ろう。
どうにか立てるようになった足を持ち上げて、横でだいじょぶっスかーとかいいながらオレをのぞきこんでいたアホと目を合わせた。


「…アンタ誰」

「へ? …アレ、火神っちもしかして足ぶつけたのに記憶喪失に」

「お前黄瀬か!」

「見りゃ分かんだろっス!」


そこにいたのは、さっきまでへえ、と見ていた真っ白な男性タレントだった。白いリングが光る髪、流れるようなレース状のスカーフ、真っ白な服に、左耳のピアス、…どう見ても、知らない顔。


「…黄瀬…かなぁ」

「火神っちヒドイ! いくらメイクしてるからってあんまりっスよ!!」

「メイクしてたら分かんねぇだろが!」

「愛が足りない…!!」


お前こんな人がいるところでそれはどうだと思わずツッコミかけたが、周囲にいる(おそらく)スタッフは黄瀬くんはまたしょうがないな〜とばかりに苦笑するかあらあら黄瀬くんったらと微笑ましく見ているだけだった。こいつ甘やかされすぎてんな。そりゃ海常のキャプテンがシバきたくなるわけだ。


「…もうちょっと撮ったら休憩入るから、それまで見てる?」

「は? いや、オレ部外者だし」

「大丈夫っスよ! …クラさーん!」


無理だろ、と言いかけたのをぱあっと広がった喜色に遮られて、ステージのまん前でカメラをいじっていたひげ面のオジサンと黄瀬が何か交わしているのを未だに驚いている頭で聞いていた。「涼のオトモダチだって?」「違うっス、オレのハニーっスよ!」「なんだなんだ、涼もスミに置けないな〜」なにやら聞き捨てならない単語も聞こえた気がするが、やはりここも無視である。あいつもう吊るそう。そうしよう。

どうやら許可が下りたらしく、こっちこっち! とやけに嬉しそうな黄瀬に腕をひかれるまま、ステージの正面からやや横にずれたところにある椅子に強制的に座らされた。ここで見てろってことか。


ぱたぱたとステージに走っていった黄瀬は、もう一度メイクをしてもらった後、カメラに向く前にちょっとだけオレを見て嬉しそうに笑った。




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