誠凛との合宿合同練習を終えた初日、夕飯後の自由時間を利用してオレと緑間はふたりきりで海辺に足を向けた。

さざ波の音が細く長く、裸足の足元では白くて細かい砂がしゃらしゃらと歌っている。昼間の燃えるような熱さは今はほとんど失せていて、月明かりだけを頼りに波打ち際まで足跡を残してみた。波の跡は涼しさが肌に触れる。


「夜は結構涼しいな。さすが田舎」

「…綺麗な砂浜なのだよ」

「うん。きらきらしてる」


寄せてきた波に足を浸す。ぱしゃり、跳ねたしぶきに重ねて後ろを見たら、緑間にしては珍しくそろそろと引き潮を辿っているところだった。膝のところまでたくしあげたジャージの裾は几帳面に折りたたんであって、緑間の白くてきれいな膝が惜しげもなくさらされている。それにちょっとドキッとした自分が痛かった。どんな趣味だよ、オレ。


「街灯が少ないから、星もよく見えるんだな。アレ北極星だろ?」

「…そうだな。オマエにしてはよく知っているのだよ」

「またオマエはそうやってオレをバカにするー」

「公然事実の摘示といってもらおうか」

「オレのバカさ加減ってそんな丸分かりなのかよ!!」


あんまりだと嘆いても冷たい背中は何も言わない。悠然と歩くそいつの後ろでひらめきににやりと笑み、そうっと近寄ってツンばっかりの緑間の近くでわざと勢いよく波を踏んでやった。今度はばちゃりと更に強く波が跳ねて、緑間は驚いたようにうわ、と身を引く。ざまみろ。


「何をするのだよ、このバカ尾!」

「オレバカだから分かりませーん」

「…ほう」


ギャハハと思いきり笑ってやったら、緑間はおもむろに海の方へと歩き出した。真っ直ぐと向かうその背にためらいはない。見えない表情がもどかしい。

振り向きざまに見えた細められた瞳にやっちゃったかと反省しかけて、思惑も何もいわずついにざぶりと足首を海に浸した緑間をぱちくりと見る。「…緑間?」思わずこぼれたオレの声にすら目もくれず、深緑のきらめきは海原へと足を進めていく。さざ波は変わらず寄せて返し、月の光を弾くその真中に、緑間は膝下までを浸して立ち止まった。


月を正面にして空を見る緑間を黙って見ていた。後ろ姿だけでもとても眩しい。下げられた両腕には今は何もなく、シャワーを浴びたばかりなのでテーピングも何もない。


さあ、風が吹いた。ゆっくりとオレを見た緑間の瞳に、月が入り込んで妖しく光る。


「…真ちゃん?」


どこ行くんだよ。吸い込んだ息は音にならず、ふっとかすかに微笑んだ緑間をなぜだか呆然と見ていることしか出来なかった。涼しいとはいえ夏の夜であるのに、そんな薄着じゃ風邪ひくよと音にならない声で呟いた。波の音が遠くなる。重心が傾く。


「っ、緑間っ!」


駆け寄って思い切り手を伸ばして、深く蒼い底へ沈みこみそうになった体をなんとかここへ繋ぎ止めた。緑間の方が体はでかいわ体重は重いわでかなりギリギリの状態だったのだが、このまま手を離したらこいつはきっと抵抗もなく沈んでいきそうだと思って踏みとどまった。
咄嗟に見えた瞳は淡い光を湛えている。どこかうれしそうなさみしそうな、不可解な表情にオレの胸の奥の方がきりりと痛んだ。


「…ごめん」

「…何に対する謝罪だ、それは」

「よく、分かんないけど。でも、ごめん」


手を引いて頭を抱きこんだ。肩に額を当てさせてぎゅうっと抱きしめたら、珍しくくすくすと笑う声が聞こえた。首が疲れるだろう体勢にも文句をいわずに、女王様はオレのTシャツの裾をつまんで悪かったと呟いた。


「…少しからかっただけなのだよ」

「から、……オマエな」

「オマエがあまりにも不安そうな顔をするから」

「…は?」


いわれた言葉を整理する前に緑間はオレからすっと離れ、そろそろ戻るかと宿の方を見ながらいった。眼鏡を直す仕草に不自然さは微塵も感じられない。ざばざばと砂浜を目指す背中を、今度はこの海のなかから見る。


不思議そうな顔で振り向いてオレの名を呼ぶその声が、海のさざ波ににじんでとけた。






僅かにった欠片
(藍色の世界に何を見るか)


TITLE:宇宙の端っこで君に捧ぐ
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テーマ「人外ファンタジー」
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