オレは自分のことを、思ったよりも単純なやつだと思っていた。

それなりに真っ直ぐ育っている気はしたし、そうひねくれた発想をするタイプだとも思わなかった。迷路どころか内心に広がるのはただ渇きに飢えた砂広場ばかりで、それが潤う日を待ち望んでいたくらいがやや個性と言えるものなのかもしれないが、それすらも日々雨を降らしてやっていればそれなりに違う様相を帯びてくる。求めたものが与えられないと憂う砂は踏みしめられて、きっと今なら小屋くらいは建てられるだろう。
お気に入りの物、思い出、そんなおもちゃ箱に詰められるだけ詰めただけのささいなイメージが散らばっている。安定、安息。

タンクトップの襟首を引き上げて、頬からも首からもしぼり出るような汗を拭った。


「も、マジ、次で終わりっスからね!」


散々走り回ったせいであがる息は押さえようもなく、目の前でギラついた瞳を隠そうともしない相手に噛み付かんばかりの勢いでびしっと指を向けた。もう足も限界なはずでにやりと笑った虎も汗だくだくなのに楽しそうで、それがなんだか一層悔しい。


「受けて立ってやるよ」

「…アンタのがチャレンジャーのクセにっ」


持っていたボールをひとつついて、投げ渡して返って来た反動を利用して身を翻した。一瞬反応が遅れた赤髪の背中から数歩距離をとって、遠い方の片手だけでシュート体勢に入る。
ジャンプしたのと同時にボールを放った。


「…っ、させっか!」


オレの精一杯のジャンプと腕力、それを上回る脚力が上からオレの持っていたボールを叩き落す。指先をかすめたボールの感触、地面に思い切りたたきつけられたそれと一緒に、オレまで力いっぱい尻餅をついた。「あだっ」受身はとれたはずなのに、地面が硬かったせいで腰までしたたかに打ったっぽい。危うく舌を噛むところだった。


「ってめ、もう飛べないっていったじゃん!」

「誰が正直にいうかよ、ばーか」

「ムッカツクー!」

「どうとでも言いやがれ」


ぎゃんぎゃん吠えるオレに構わず、火神っちも地面にごろりと寝転がった。猫背になったオレを見上げて笑う火神っちは、初めて見たときみたいにかっこいいなあとぼんやり思う。

火神っちはかっこよくて、でもご飯を食べてるときはリスみたいで、料理してるときはしっかりしてるのに普段は結構ぬけてて、帰国子女だからか知らないけどレディファーストが普通に身についてて。傍から見ても結構モテる方だと思うのに、デリカシーがないのとバカなのと大食漢なのが祟ってか、火神っちのそういう浮いた話はあまり聞いたことがなかった(完全にゼロというわけではないけれど)。

モテるオレとモテない火神っち、という構図に対しては、オレは特になにも思わなかった。ただ、モテない火神っちの一番側にオレがいるという現状は、オレに随分と優越感を与えてくれていた。火神っちはかっこよくて、火神っちは面白い。ムカつくばっかで喧嘩とかもよくするけど。


「…火神っち」


寝転がったまま目を閉じていた火神っちを呼んだ。すぐに開かれた目にへにゃりと笑ったら、ぱちぱちと瞬きをしてから「黄瀬?」と手を伸ばされた。ちょっとだけ近づいて指先を引っ掛ける。冷やりとした風が吹くなかで、火神っちの指はほんのりとあたたかかった。



オレの心は、案外単純なんだと思っていた。

けど、雨で流れて踏みしめられた地面には、ぽっかりと穴が開いていた。オレはそこに潤いを溜めようと必死になって、結局何も注げないままにオレは呆然と膝をついた。
その穴は今のオレにはすごく複雑で、注げば注ぐほど乾いていった。と思えばいきなりあふれ出して、その濁流はオレが大切に大切に残していた物とか思い出とかをのみこんで巻き込んで流れていく。

ぴしりと乾いたその穴には、もう何も注げないと思っていた。その穴の周りには、もう何も残ってないと思っていた。オレはたったひとり取り残されて、こんなのあんまりだってオレはオレを手放して、そういう未来しかないんだって、そう。




「黄瀬」


火神っちの指をいじくってたら、不意に火神っちが手を引っ込めてゆっくり起き上がった。オレは大層名残惜しい顔でもしていたんだろう、火神っちはいつもよりも優しい苦笑でオレの頭をわしわしと撫でた。子供扱いすんなっていっつもいってんのに。
その手をかわすフリをして、外だっていうのに思い切り抱きついてやった。優しい顔はできるくせに優しい動作はできない手のひらのせいで、オレの髪はぐしゃぐしゃになってしまったからって言い訳して。


「…黄瀬?」

「んー」

「いや、んーじゃねえよ。どうした」

「…火神っちがさ」

「ん?」


ぎゅうっと抱きついても火神っちは嫌な顔とか全然しなくて、ああオレ甘やかされてんなあっていつも思う。かっこよくてまぶしくて、オレの心にあめがふる。ぱらぱら。さらさら。


「…アンタがすきだなって、思ってた」



みずたまりの
(ぱしゃん、)
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -