いつものマジバでバニラシェイクを飲みながら本を読んでいたら、向かいで携帯をいじっていた火神くんが「黄瀬来るって」とどうでも良さそうにボクに告げた。はあ、相槌にしては気の抜けた声を返して、また本に目を落とす。
中学時代のチームメイトがここへ来ることはそう珍しいことではない。ただ本を読むには向かない騒々しさになりそうだとぽつり息をついた。





「火神っち発見っスー!」

しばらくして店の自動ドアから黄瀬くんが姿を見せた。きょろりとしただけで火神くんの後ろ頭を見つけたらしく、端から見ても嬉しそうな笑みと一緒にぱたぱたと駆け寄ってくる。黒子っち! と見慣れた動作で手を振る黄瀬くんにひらりと振り返せば、こちらまで照れくさくなってしまうような表情でえへへと笑った。本当に彼は、めげないというかなんというか。
火神くん側からボクの方へ来る際にぽふりと火神くんの頭に手を乗せて、その手を払った相手のトレーに山盛りになっているバーガーをひとつかっぱらう。何気ない動作でボクの隣に腰を下ろした黄瀬くんを見、通路側に寄っている火神くんを見、ふうんと呟いて話しだす黄瀬くんの声を待った。


「もー今日はマジ大変だったんスよー」

「へぇ。何が」

「雨! 神奈川の方だけちょっと降ったらしいんスけど、それがもう風とかマジすっごくて、しかもマネジがボールブチまけちゃって。それ追っかけてちょうびしょ濡れになったっス」

「ボールブチまけ、って今日外練だったのか?」

「そ。サッカーコートがガッコの用事で使用不可になってて、そんで交換出来ないかって朝言ってた」

「ふーん。しかも今日雨じゃ、明日辺りも使えねぇな」

「そうなんスよー。やっぱ外より内のが好きスね、泥とか跳ねっと走りにくいっスもん」


話しながら火神くんのポテトを遠慮なく食べる黄瀬くんの制服は、確かに少し濡れているようだった。神奈川の雨はまだ上がっていないらしい。あんま食うなと手を叩かれても、黄瀬くんはいいじゃないスかーとへらへら笑っている。


「黒子っちは今日どうだった?」

「はい?」

「今日。なんか面白いことあった?」

「ボクですか? …そうですね、これといって特には」

「ふむふむ。じゃあ今日のお昼何食べたっスか?」

「サンドイッチと…ああ、今日は珍しくまだメロンパンが残っていたので、久しぶりにそれを」

「メロンパン! オレも今日それ食べたっス!」


偶然スねぇとにこにこしながら手に持ったジュースに口をつける。たかがパンの種類が重なったくらいでといつも思うが、黄瀬くんはそれが嬉しいらしい。火神くんから奪ったバーガーをぱくついて、もごもごしながらまた話しだす。不思議な話だが、こうしてここに集まった時には、大体黄瀬くんが話の主導権を握ってボクと話すのが常だった。


「でも最近購買にチョコチップ入ったやつ売ってないんスよねー。誠凛はどうスか?」

「チョコチップ…確かまだありますね。ボクは入ってないのが好きなので、あまり気にしてないんですけど」

「そっか。黒子っちはサンドイッチのが好きスもんね。まだレタスとたまごのが好き?」

「はい。最近はきゅうりとか、サラダっぽいのも好きですよ」

「…あれ黒子っち、お肉食べてる?」


急に真面目な顔になった黄瀬くんに、食べてますよと苦笑する。ハムとかもありますからといえば、黄瀬くんはまた安心したようにそれでさあ、と話し始めた。

以前キミは火神くんと付き合いがあるのだからそちらと話してはどうかと促したことがあったが、そのときは「火神っちとは家に行けば話せるけど、黒子っちとは今しか話せないっスよ」ときょとんとした顔で返されてしまった。火神くんもそのことには何の異論もないらしい。
とすればボクはかなり曖昧な立場にいることになるのだが、これもまた不思議な話、ボクらは案外とバランス良く成り立っていた。黄瀬くんは三人でいればこうしてボクの隣に座るけれど、もう一人増えれば火神くんの隣に移動する。
つまりはそういうバランスなのだ。


「黒子っちたちってクラス一緒なんスよねぇ。羨ましいっス、火神っち」

「オレかよ。つーかよくねぇよ、こいついっつも居眠りの壁にしやがって」

「だって火神くんも寝てるんですもん」

「ダメっスよ火神っち。授業中に居眠りとか」

「テメェらも寝てんだろ!」


両手で伸ばされたチョップを横に避ける。油断していたらしい黄瀬くんはそれを頭の真ん中で食らっていたけれど、その後のじゃれっぷりを見る限りわざとだったに違いない。向き合うように座っている上に二人とも大きめのサイズをしているから、ちょっと乗り出しあうだけでも距離が近い。火神くんの指摘に黄瀬くんがぶうぶう文句を言って、火神くんがまたそれを鼻で笑いながらあしらっている。

手元のバニラシェイクを飲み込みながらボクは、今日もまあよく飽きませんねぇとぽつり思った。




こちら測地点
(今日も変わりなく、)
(…というところですね)
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テーマ「人外ファンタジー」
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