▼はじまりはこれから(マカロニ)


「お客様の前では笑顔を崩さずに、これが一番大事なポイントっス」

「そうか…です」


俺の目の前で輝かんばかりに瞬きを繰り返し、俺の指導係の黄瀬さんは笑った。使命の数がダントツで一番多い理由が、なんとなく分かった気がした。黄瀬さんは眩しい。少し面倒になってしまうくらいに。


「じゃあ次は紅茶を入れて、俺をお客だと思って」

「かしこまりました、御主人様」

「えーお嬢様じゃないんスか」

「あんたは男だろ…です、本日のおすすめの紅茶になります」


ぐだぐだに見えるだろうが、俺は今試験を受けている。黄瀬さんが試験官の、見習い卒業の実技試験だ。俺達は今二人きりだが、ここでの結果は黄瀬さんによって店長へと通達される。れっきとした、大事な試験なのだ。

黄瀬さんは優雅な仕草でカップを指先だけで持ち上げ、俺の入れた紅茶を飲む。ごくり。白い喉が上下する。そして黄瀬さんは目を丸くして、俺を見た。


「…うまいっス」

「ダチに飲み物にうるせぇ奴がいたから、だいぶ鍛えられたんだ…です」

「へぇ…なるほど」


黄瀬さんは小さく頷き、手元のメモ用紙に小さく書き込んだ。言葉遣い、C。俺は舌打ちを心の中でする。そして代わりに何か取り返そうと、御主人様の黄瀬さんを誉めたぎることにした。


「そういえば御主人様は笑顔が素敵でいらっしゃいますね」

「よく言われるんス」

「お仕事は何をなさっているのですか?」

「…モデルっス」

「ぷっ…モデルですか、御主人様のファンはさぞかし多いのでしょうね」

「…そうっス」


そのまま言葉を並び立てていく俺は、黄瀬さんの顔がみるみる朱く染まっていくのに気付かない。それでも、何となくこの試験はうまくいけそうな気がしていた。

pc[編]


▼キミのこれから(樹理)


カランカラン、と鳴り響く鈴の音で、俺たちの一日は始まる。
「いらっしゃいませ〜」
にこやかな笑みで客を迎え、席へ案内をする。
その視界の端で、ガチガチに緊張が張り付いた顔の後輩が映り込んできた。

……あーあ。もしかしなくてもアレ、俺がフォローしなきゃなんないんスよね。

心の中でため息をついて、メニューへ目を通して貰う間にスイと近寄る。
目は合わせない。
あくまでさり気なく、打ち合わせでもするような自然さで、小さく耳打ちした。
「アタマで考えちゃダメっす。キミは身体で覚えるタイプなんすから、行かないと何も始まんないよ」
ぽん、と背中を叩くと、
「…うす」
小さい声で返事が返った。
それから、目を瞑って深く長く息を吐き、……目を開けたその表情に、ドキリとした。
「黄瀬さん。さっきのお客様んとこ、俺行ってきます」
「あ、……ああ、うん」
慌てて先ほどの席のオーダー表を手渡すと、振り向かずに向かっていく。
その後ろ姿は先程までとは打って変わってしゃんとしていた。
俺よりずっと若いはずのその男。
「慣れないことなんかするもんじゃないっすねえ……」
"火神"という名を持つそいつの揺るがない赤色に、いつか俺を脅かす存在になる光が、見えた気がした。

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▼ぬくもり。(ユキ)


『アンタ向いてないよ』

ざくり。ざくり。
固い土に何度もシャベルを押し込んで少しずつかき分ける。
黙々と作業を続ける火神に舞い落ちる雪は、
剥き出しの肌に触れたまま、溶けずに積もっていく。
単調な動作を繰り返す火神の脳内(正確にはそう呼べないものだが)を
くり返し駆け巡るのは回線が擦り切れるほどに再生されている記録だ。

火神が目の当たりにした、かけがえのない、暖かな日々だった。

高スペックになるように色々な物を詰め込まれた火神は
その分人と対話して暮らしていくには肝心なものが足りていなかった。

真っ白な心を埋め尽くしていったのは、

黄金の彼との、柔らかな温もりだった。

彼はよく笑った。
そんな馬鹿力じゃ人間は壊れてしまうと。
彼の声は心地よかった。
動作を真似して学ぶ事で火神は成長を遂げた。
確かに、ひとに近しいものになれた。

彼は一度だけ泣いた。


置いていくことがさみしいと。

頬に触れていた彼を最期に、記録はまた彼と出会ったあの日に戻る。

だから、さみしくないんだ。


ざくり、ざくりと繰り返す。


彼の好きな花がまた、陽の元で咲き誇るように。
この時期から耕して準備するのが
黄瀬がいなくなってからの火神の恒例の儀式だった。

――
必須要素:アンドロイド

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▼新人火神がこんなにイケメンなわけがない!(頼花)



「お、かえりなさい、ませ…」

「声小せぇ。あと噛まずに言えって何回も言ってるじゃないスか、やり直し」

「うっ…だってよお、」

口を尖らせ俺を見る目の前の新人クンに首を振って情けをかけないことを示すと、新人クンは深々とため息を吐いた。
俺だって言うほど長いわけじゃないのに、今手の空いてる奴いないしいい機会だからと新人教育係を笠松センパイに任された。
正直言って面倒だ。俺お金もらえないのに人の世話すんのとか嫌いだし。しかもこいつ、火神の奴全然使えないし。
ただの入店時の挨拶ですらまともに口にできない火神に、もう一度、ときつい声で催促する。
そのままおとなしく繰り返そうとした唇だったが、火神はふと不服そうな目を俺に向けた。

「なあ、黄瀬センパイ、俺やっぱお客さんいねぇとイメージ湧かないっつうか…」

「お客さんじゃなくてお嬢様な。…なに、俺に客やれって言うんスか?」

「そっちのができそうだし」

「…めんどくせ」

そう言いつつ、火神の教育ができなければ笠松センパイに蹴られるのは必至なので、仕方なく来店した客を演じてやることにした。
これがあの扉な、と控室のドアを入口に見たててシミュレーションを行う。
全く期待せずに、かちゃり、と開けたとき俺が捉えたのは見たこともないほど美しいお辞儀をした男だった。

「お帰りなさいませ……旦那さま」

「っ…あ、えと、」

ふわりと微笑んだ火神の顔が優しげでやわらかい。
あれだけ噛んでいたはずの台詞がすんなりと飛び出してきて、しかも教えてもないアレンジ…旦那さま、などという言葉まで入っている。
思わず呆気に取られたが動揺を悟られるのも癪なので無理に一歩踏み出す、と、下に落ちていたビニール袋が見えてなくてそれに乗ってしまった俺はずるりと盛大に滑った。

「うあ、っ!?」

「あぶね!」

がし、と衝撃の代わりに力強い腕の感触。
完全に抱きかかえられて支えられたおれの目の前に、俺を心配する火神の真剣な瞳。
その深い色に頭がくらりとした。

「大丈夫かよ…旦那さま?」

耳元で降った声に一気に体温が上昇して、俺はなんとか「不合格!やり直し!」と叫んだ。

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▼その衝動に火をつけろ(みやま)


 真っ白に磨かれたワゴンを転がしながら、広めに作られた通路を静かに進んでいく。音も無くと言えないのはひとえにこの制服のせいで、全て特注で作らせているという少し高めの靴はコツコツと軽い音を生んでいた。着なれない燕尾服が足の裏にひらひらとくすぐったい。

「で、こっちがメインルーム。お帰りになったお嬢様をお迎えして、各お部屋にご案内する場所。オッケー?」
「I see,です」
「……いや別に、英語で答える必要はないんスけど」

 キミ単純だね、小馬鹿にしたような笑い方に少しムッとする。オレよりもほんのちょっとしか背が高くない、いつつ年上のこの人は、執事長のすぐ下の役職だと言っていた。名前は不明。教えてくれない。偉くないから、こんな新人の教育係も仕事のうちになる、らしい。来たばかりのオレにはよく分からない。
 内装はほんとにここ日本かよと言いたくなるくらい凝っていて、ぴかぴかに磨いてある柱のひとつひとつが芸術品だった。執事、喫茶。こんなに本格的なもんだったのか。なんでオレが選ばれたんだろう。

「火神クン、だっけ」
「おう、……じゃない、はい」
「けーご苦手なんスね。スカウトだって聞いたけど」
「そうだ……です。そうです。声、かけられて」
「ふぅん」

 そっちから聞いてきたくせに興味がなさそうに相槌をうたれて、やっぱりこいつ合わないと深く息をはいた。顔は綺麗で物腰も柔らかいけど、こんなやつに夢中になる女の子は変だなと思う。何が良いんだろう。

「何か言いたげ」
「え?」
「火神クン、結構顔に出るよ。気をつけた方がいいかも」
「あ、……はい。分かった、です」
「うん。そのけーごも」

 紅茶やら珈琲やらの器具がそろっている場所へ来て、ワゴンを置いた先輩にとん、と肩を押される。次はここかと目を向けた先、押し付けられたのは壁だった。うわ、声を出す暇もなく口をふさがれる。なんだ、先輩からの洗礼とか言うやつか、でも、なんだ、この、柔らかい感触。

「――…オレ、黄瀬涼太、って言うんスよ。よろしく、火神クン」

 まず初めに知ったのは、その唇。黄瀬は、キスが、うまい。

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