黒い目がこちらを見ている。わたしの灰色の目はいま動かずに曇り空を見上げているけど、奴の真っ黒い目がこちらを見ているのはわかっている。どうしてかわからないけれど、何となくわかっている。
そして奴らは増えていく。乾いた声で仲間を呼ぶ。曇った空に響かせて、同じ目をした同じもの、黒い目、黒い体、それに伸びる黒い影が汚い足をばたばたさせて集まってくる。どんどん増えていく。そしてみんなこちらを見ている。黒い影がむくむく増える。世界に出来た穴のように真っ黒で真っ暗で底なしの黒。
わたしはずっと灰色の空を見つめて、何も含まない鏡のような目でコンクリートに寝転んでいる。可愛らしいピンクのブーツを履いた足はその空に向けて突き上がっていて、お気に入りの真っ白なふわふわコートは地面に擦り付けられて汚らしい。おしゃれな眼鏡もきっと割れてしまっている。ああ、やだ、恥ずかしい。誰も見ないでください。こんな汚い姿、見ないでください。そうやって見ないで、美味しそうに見ないで。わたしは決して食べるものではないのです。



綺麗な白い羽が俺の足元でふわりと散って、トマトを潰したようにぴしゃりと勢いよく液体が飛び散った。それは地面に染みてやがて黒くなって、モノトーンなこの世界と同化していった。風景の一部になったのだ。
それは、まるで俺みたいに。そう思った瞬間、背中がぞくりとした。白くて綺麗で、ピンクのおしゃれなブーツの似合う彼女が、俺と一緒に成り下がったということが、俺にはなんだか嬉しかった。そしてその、数分前には考えられなかっただろう哀れな姿。ああ、かわいそうだ、可愛い、かわいそう、そしてそんな君は実はとてつもなく美味しそうだ。
彼女の目はどこを見ているんだろう。くりくりせわしく動いていたそれは、灰色になってコンクリートにかためられたみたいにまるで動かなくなった。変な膜が張って、どんどん濁っていく。俺は、それがとてもうれしい。早く赤信号になれ。俺が慰めてあげる、おいしく綺麗に食べてあげる。かわいそう、きっと俺に食べられるために生まれてきたのに、自分が美味しいということを知らずに生きてたんだね、かわいそう、可愛い、可愛い。
信号が赤になってタイヤが止まった。俺は黒い目を光らせ黒い足をひょこひょこ移動させ、道路に横たわる彼女の元に走った。美味しそうな鉄の匂いで俺を誘う!君が悪いよね。



わたしは今どうなっているんだろう。白いコートを脱がされて、鳥肌のたった素肌を曝されて、つつかれている?啄まれている、食べられている!
自分の体から、聞いたことのない水の音が聞こえる。見たこともない赤い塊が掘り出されている。黒いくちばしが、荒々しくわたしを食べ尽くしていた。でも突き上がったピンクのブーツはそのままなのは、無彩色なあなたはどう頑張ったって、これに触れられないのだ。
散らばった白いコートの、今さっきついた赤い模様もあなたと一緒の黒に染まっていく。名前も知らない、姿も見えない、感覚だけで感じるあなたに食べられて嬉しいなんて、もしかして、わたしは死んでからおかしくなってしまったのかもしれない。でもあなたの何かをみたしているようで、わたしの何かをみたしているようで、わたしは実は、すごくうれしい。






「ねえ」

赤信号に立ち止まる。背の高い彼のブレザーの袖口を握って、道路を指差す。

「鳩、しんでる」

真っ黒な彼の目がわたしの指の先をたどる。赤黒くなった地面に白い羽がへばりついている。そしてそれをつつく黒い烏。

「うん」

「だから何」

別になんでもないけど。
信号が青に変わる。袖口から手を離して、白線を踏む。白、黒、白、黒。
横断歩道を渡り終えて、不意に彼は振り向いた。そしていつものあの嘘くさい優しげな笑顔を気まぐれに向けた。

「ところでさ、君の名前は?」








飛ばないし逃げない
130312
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