男女は放っておいたって互いに惹かれあう生き物だ。

「ガウェイン、苦しいよ。」

それが時々男と男、女と女、男のような女、女のような男だったり。その程度は些細なことだ。人間同士の万有引力だ。そこに意思も運命もない。

「すみません。ずっとこうしたかったんです…。」

ガウェインはそう囁いて、その逞しい腕でこの曖昧な体をきつく抱きしめていた。抱き潰された夜の後の朝の体はとても軽いような重いような不思議な心地だ。ああ自分の体だ、とすごく自覚するような、まるで他人に乗っ取られてしまって自分のものではなくなってしまったような。
きっと今、私のうなじの横で、彼は美しい顔を緩ませているのだろう。想像だけは出来た。



この期に及んで直球で言ってしまえば、わたしにとっての性行為はあまりに何でもないことだった。テニスのようなもので、ちょっとかっこつけて、自己陶酔しながら、コミュニケーションをとって汗をかいて欲を満たしてストレスを解消してホルモンと自律神経を整える。

「おーい嬢ちゃん」

シャワーを浴びてスッキリと目覚めた後、軽くシャツを羽織って何か目覚めの一杯が飲みたくて食堂に向かっていた。すれ違ったキャスターのクーフーリンは、にやりと笑いながら、自分の上着を私に投げた。

「お楽しみだったみてーだなァ。跡、すげーぞ。」
「ああ…ごめん。ありがとう。」

ぼんやりしていて気づかなかったが、よくよく自分の体を見たら手首から脹脛までものすごい量のキスマークが付いていた。うわ。思わず呟いてしまった。こんなものを晒しながら歩いていたかと思うとゾッとした。廊下で最初に出会ったのがクーフーリンで良かったかもしれない。借りた上着を羽織り、礼を言って去ろうとすると、「気ィ付けろよ。嬢ちゃん」と背中に声をかけられ、振り向いた。

「そんなに自分のモノだって主張してる奴だ。一歩間違えたら、背後から…な〜んてことも、有り得なくないだろ。」
「はは。そんな。」
「俺の跡ももう残ってねえだろうなァ…。付け直すか。」
「どちらでも。でももう行くね。コーヒー飲みたいの。」

自分には身に余る丈の上着を翻し、食堂への道を歩く。薄いシャツに、ペタペタと裸足にスリッパで歩くわたしを、ロマンは幾度と無く叱った。もしものことがあったらすぐに動けなきゃいけないんだから!と怒った。至極真っ当だ。しかし朝からあのきっちりとした礼装を着て朝ご飯を食べるなんて考えただけで憂鬱だった。「ベッドの上で裸で食べる朝ごはんが一番美味しい」いつか読んだ小説の一文に、こんな言葉があったのを思い出した。そこまで耽美に溺れる自分はいないが、確かに私にとってはそちらの方がしっくりくるな、と思った。
食堂につくと、もう朝の時間から外れていたからか、少しのカルデア職員しか見当たらなかった。望んでいたお料理上手の英霊の姿は無かった。コーヒーぐらい自分でも作れるが、果物でもむいてもらおうかと思ったのに。冷蔵庫を開けると、いちごがあったので、それを軽く洗って皿に盛る。インスタントコーヒーといちごの乗った皿をトレーにのせて、一番隅の席に座る。
程よい喧騒と生温い空調で、頭がぼんやりする。いちごの先を齧ると、甘く芳醇な香りが口の中に広がった。水を弾いて、みずみずしい。生き生きとした鮮やかな赤。果汁が滴って、唇を濡らし、手の甲のキスマークの隣に垂れた。赤い点が二つに増えた。

「本当に、君は子供のようだね。」

瞬間、椅子の横に現れたのは、白い髪の魔術師だった。ふんわりと花の香りを纏いながら、傅くようなポーズで、わたしの手首をそっと掴んだ。
そしてその果汁の赤い雫を舐めると、そこに優しくキスを落とした。






思い出がある。なんでもない思い出。カルデアに来る前の学友だった友達と、放課後の教室で話していた時のこと。林に囲まれた閉鎖的な女子校だった。夕方になると林の木たちが、黒い影を落としながらザワザワと風に揺らされて騒ぐのだ。
机を挟んで一つの本を二人で読んでいた。夕暮れの光りが教室に飽和する。下校の鐘の音がずっと鳴り響いていた。図書室の貸し出しカードが本から落ちる。彼女の形のいい爪が、「ページ図3」を示す。
「セックスは男性にとっては攻撃行為なんだって。支配されていない女性を蹂躙して、完全に自分の支配下になったと思うと、それ以降は性欲はあまり湧かなくなって、安心感が湧いてくるの。」
わたしは何も言わずに彼女の艶やかな桃色の唇を見た。小さな歯がちらりとのぞく。ザワザワと木々が揺れながら、黙りこくるわたし達を囲っている。本当にそれだけの思い出。



マーリンの部屋を出て、自室に向かう。時計を見ると、もう夕方になっていた。行為後に少し眠ってしまったからだ。朝から結局殆ど飲まず食わずで、頭がぼんやりした。そういえば、あのまま食堂に置きっ放しにしてしまったコーヒーといちごは、誰か片してくれただろうか。
今日はゆっくり本でも読もうと思っていたのに、なんだかんだ、身体労働ばかりだ。勿論断ってもいいのだが、頼まれると弱いのがわたしの特徴で、基本的に皆、優しく扱ってくれるので、わたしも絆されてしまう。
確かにビッチと言われても仕方ないかもしれない、と思う。「しかしお前は尻軽、淫乱というより…人形と呼ぶ方が適しているな。」それはいつか賢王が言った言葉だった。
人形。
不意に立ち止まり、廊下の大きな窓を見た。カルデアで唯一の窓辺だった。外は暗く吹雪いていることしかわからない。反射して映った自分がこちらを見つめていた。
クーフーリンの与えた大きな上着。整えられた髪と爪は毎週メイヴとマリーがお世話をしてくれているからだ。小さい頃からそうだった。私の爪はいつも親にまあるく、少し深爪に整えられて、前髪を一直線に切られ、友達がいちごの匂いのハンドクリームを塗り込み、リップクリームを塗り、耳元で可愛いと囁き、そして、ビューラーを持つ手が目の前に迫ってきて。
小さなたくさんの赤い痣。

急に来た強い衝撃に、思考から浮上させられた。
一瞬何が起こったのか分からず、声を発しようとすると、変わりに少しの空気と、真っ赤な血が床に溢れた。廊下の窓に反射した私のお腹は、ガウェインの剣に貫かれていた。視認してから激痛が訪れ、わたしは床にうずくまった。ガウェインの荒い息遣いが聞こえる。

「解っていた…つもりなんです。解っていながら、昨日貴女を抱きました。貴女が…賢王と、クーフーリンと、マーリンと、ランスロット卿とさえ交わっているなんて!全て解っていた…しかし、解っていても!私は貴女が許せなかった!今だって本当は、ただ声をかけようと…ただ…愛しい方にご挨拶をしたかっただけなのです…。ああ…申し訳ありません…本当に…ああ!私は!なんという事を…!絶対に許されない!ああ、ああああ!!」

ガウェインの咆哮とも呼べるような絶叫は廊下に響いた。私の体から剣を抜いたガウェインは、顔面蒼白で狼狽して、自らの剣を手から滑り落とした。そして、倒れこむ私の元に跪くと、申し訳ございません、申し訳ございません、と譫言のように繰り返しながら、その美しい青の瞳からぼろぼろと涙を流した。
マントを私のお腹にかけ、また、申し訳ありません、と呟いた後に、わたしを横抱きにした。ぼやけていく視界と曖昧になる意識の中で、医務室に向かう道を彼が全速力で走っていることを何となく察知した。
なるべく揺らさないように腕に力を入れているのが伝わる。有る限りの力で彼の腕をゆっくりと撫でると、手に血が付いていたのか、赤黒く染まってしまった。

「ガウェインのこと、好きよ。いつもありがとう。」

しかし貴女は私のものにならないのでしょう。そんな悲痛な声が聞こえた気がした。わたしは彼の日の光のような、暖かく優しく清廉な香りに包まれて、意識を手放した。







190126
浅いゆめの終りで放して
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