「天国って、あるのかな」

わたしはないと思うなあ。いや、あるのだとしてもそれはやっぱり雲の上、地球の外、オールトの雲を抜けて、宇宙の外の、そのまた上にあって。
あったとしても、誰一人として立ち入れない。届くかと思って手を伸ばしても、その寸前で風船が割れて、落ちて、宇宙に戻る、地球に戻る。そして地面に埋められて、悔し涙を流しながら、眠るのだろうと思う。

「ね、しんたろー」

みどりましんたろうは床に転がっている。綺麗にテーピングのされた左手を大事そうに抱えながら。いつもそうだ。この人はこの左手さえ傷つかなければ、別にあとはなんでもいいのだ。
背中や腕や首元の、数えきれない、見えない傷。

「天国って、あるの」

彼の心臓は彼の左手の指の先の、触れられる位置にある。それをこつりと触れば、倒れて、錠剤が床に散らばった。一体昨夜は何錠飲んだのだろう。
白いレースのカーテンがふわりと揺れた。朝の光が彼の髪を照らすと、緑色は鮮やかにひかりはじめた。
窓の外には水平垂直に、数えきれないぐらいビルや家が並んでいる。屋根や屋上が日を受けて反射している。そんな世界のふたのように、水色の大きな空気がかぶさっている。
十階建て七階六畳半のこの部屋で小さく息をする。

「ね」


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