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「もうやめる。お前とはやってられない」

やめる。
海軍をじゃないぞ。
サカズキの部下を、だ。
今まで同期のよしみでなんだかんだ言いつつ付き合ってきたけど、もう無理。
だってこいつ、無茶苦茶やってあとのことは全部俺に放り投げて、諌めようがなにしようが歯牙にもかけやしねェ。
ここ数年なんて休む間もないほど働き詰めで仕事内容は見事にサカズキ関連一色。
挙句の果てが、昨日立ち聞きしてしまったボルサリーノとの会話だ。
「またやりすぎたんだってェ〜?」
「ナマエにまかせちょる。問題ありゃァせん」
あの瞬間俺の中で溜まりに溜まった怒りが爆発した。
俺の心労疲労は問題じゃないですかそうですかふざけんな。

「なにを、くだらんことゆうちょる暇があったら仕事をせェ」
「お前にはくだんねェことだろうが俺にはくだるんだよ」

ゆっくりとこちらを見たあと馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの表情で再度書類に目を落としたサカズキには最早呆れすら感じない。
冗談だと思うのか?
来る日も来る日も顔付き合わせて一方的に愛も情もあるとはいえサカズキは上司だ。
そんな相手に冗談でやめるなんて言うわけがないだろう。

「ほれ、異動願いだ。その書類のついででいいから判押してくれ」

最後の一仕事と奮起して徹夜でまとめた書類が積みあげてあるサカズキのデスクに薄っぺらい封筒を叩きつける。
ちなみに希望先は青雉のところな。
クザンは仕事さぼるけどかわりに処理してやったらちゃんと礼は言うし俺が怒ってると顔色窺ってきたり機嫌とろうとしたりする可愛い後輩だ。
今ならサカズキへの当てつけとしてべったべたに甘やかす自信がある。
ちなみにボルサリーノは昨日俺が柱の陰で話聞いて静かにブチ切れてたのに気付きながら笑ってたから絶許。

「……二度も言わせるんじゃァなか。くだらんことをゆうちょる暇があったら」
「仕事しろ、だろ?ああわかってるよ仕事はするさ。後任はこっちで見つけるし引き継ぎもきちんとしておくから問題ないなじゃあさよならサカズキ大将」

普段読めればいいと適当な字しか書かない俺が厭味ったらしく一文字一文字丁寧に仕上げた異動願いは一瞥するなりマグマで消し炭にされたがこの程度の妨害にめげる俺ではない。
即座に二枚目の異動願いを手にして扉へ向かう。
サカズキが受け取ろうとしないのならこの足でセンゴクさんに渡しにいくまでだ。

「待て」
「充分待った。そんでサカズキの傍にいたって報われないのは分かったからもう待たねェ」

三十余年の月日待ち続けた俺を短気だと思うならそれでいい。
俺はずっと待っていたんだ。
「ありがとう」でも「助かる」でも、俺を顧みる言葉ならなんでもよかった。
その何文字かを一度でもサカズキがくれたなら、俺は今でも晴れやかな気持ちでサカズキのそばにいられただろう。
しかし何年、何十年共に過ごそうが、むしろ時間を共有すればするほどに期待も希望も打ち砕かれ現実を思い知らされた。
サカズキが俺の存在に価値を見出すことなど永遠にありはしない。
当たり前だ。
サカズキにとって、所詮俺は手のうちにある道具の一つでしかないのだから。

まてナマエ、と俺の名前を呼ぶ声が空虚に響く。
しばらくこの執務室を訪れることもないだろうと思いながら扉に手を伸ばし、


「――――逃がさん」


ボゴ、という音が聞こえた瞬間、横っ跳びに扉から離れた俺の目の前でマグマが出入り口一帯を焼きつくした。
床も壁も関係なく真っ赤に燃え溶かしているそれが誰の仕業なのかなど考えるまでもない。
日常に突如現れた地獄じみた光景。
もしあのとき本能が鳴らした警鐘に従って身体を動かしていなければ俺は今頃あの一部に組み込まれていたはずだ。
殺されかけた。
長年身を粉にして支えてきたのに。
部隊異動申し出ただけで。
命を。

「……え、なにそれ、こわ……サカズキこっわ」

混乱の末導き出された結論に戦慄していると、ぽろりと漏れた本音にサカズキがぐっと唇を引き結んだ。
どうしよう。
俺の上司、思ってた以上に、こわい。