指定された海岸沿いの倉庫に到着した俺は珍しく、本当に珍しく何が何だかまったくわからない混沌とした空気に頭を抱えたくなった。 ジェラートのスタンドによるものだろう、全身が爛れたようになっている死体と幼児が遊び飽きて投げ捨てたように点々と放置されている鎖や縄や銃やナイフや酒の瓶。 そこから暫くしたところで地べたに座り込みべそをかいている黒髪の男に、その男をあやしているソルベと、大量の飴やらチョコレートやらを抱えたジェラート。 説明されても理解できそうにないこの状況で一体なぜ俺を呼んだりした。 あのまま帰っていれば今頃ソファに沈みながらラム酒片手にピッツァを食っていたはずだったのに。 「あ、リゾット!ソルベ、リゾット来たぞ!」 「おう、わざわざ悪かったな」 心底ほっとした様子の二人に胸の内を隠す気もなく渋い顔をつくる。 スタンドの射程ぎりぎりまで近寄る間男の頭を撫で続けるソルベも真顔でボンボン・ア・ラ・リキュールの銀紙を剥いて男に差し出すジェラートも俺をバカにしているとしか思えない。 「なにがどうなっている」 殺しの後処理とかならぶっとばすぞと内心で毒づきながら様子を伺う。 子供のようにしゃくりあげながら涙をこぼす男はどうやら東洋人のようだ。 乱暴な手つきで乱れた黒髪が、それでもソルベやチームメンバーのイルーゾォとはまた違ったオリエンタル独特の艶をもって輝いている。 「止められないといっていたが……誰を、もしくは何を止めるんだ」 ソルベは『攻撃を受けているわけではない』と言っていた。 ということは、目の前の見るからに弱々しそうな男が生命を脅かすような強力なスタンド使いというわけではないのだろう。 この場で命を持って動いているのは泣きじゃくる男と彼の機嫌をとっているソルベ、ジェラートの両名だけ。 場数を踏んだ暗殺者である二人の脅威があるとは思えない。 「それがよぉ、リーダー」 「口じゃ説明し辛いからいっぺんこいつ攻撃してみてくんねぇか」 困ったようにアイコンタクトをとったジェラートに、ソルベが撫でくりまわしていた手を離し顎で男を差した。 「攻撃?スタンドでか?」 「ああ、殺すつもりでやってくれ」 真剣な顔の二人に、ちらりと男を見やった後スタンドを発動する。 メタリカは血液中の鉄分すら磁力によって操ることが可能だ。 動脈から剃刀をつくり引きずり出すという最もスタンダードな攻撃を男に仕掛けようとして、違和感に思わず自分の両手を確認した。 「どういうことだ」 「やっぱリゾットでも無理か」 メタリカが発動しない。 否、発動はしているのに男の体内では剃刀をつくるどころか鉄分を動かすことさえできないのだ。 試しに転がっている死体を狙ってみると簡単にメスをつくりだすことができた。 それを引き寄せて男の額めがけて投げつける。 メスは真っ直ぐな軌道を描き男の眉間に吸い込まれるはず、だったのだが。 「なにっ!?」 確かに投げたはずなのに手に残ったままのメスを呆然と見ているとソルベが首を横に振りながらこちらへ寄ってきた。 「この通り撃つのも殴るのも刺すのもスタンドも何もかも効きやしねぇ。いや、やろうとしてもできねぇってのが正しいな」 「全部試したのか」 「おうよ。仕方ないから鎖で縛って車と一緒に魚の友達になってもらおうとしたんだが、縛るどころか腕捕まえて大人しくさせることもできなかった」 撃ったと思ったらセーフティーすら外れていない、捕まえたと思ったらすり抜けている。 男のそばに付いたままのジェラートは「これ、中の洋酒に毒混ぜてんのに毒だけきれいに分離して流れ出してんだぜ」と呆れた様子でチョコを見せて座り込んでしまった。 「ターゲット殺したところ見られちまってよぉ、死人に口なしってなことで始末しようとしたらこれだ。まいっちまうよ全く」 「周りに目がないかくらい確認してからやれ」 お手上げだといったように煙草に火をつけたソルベに、暗に普段から注意しないからこんなことになるのだと文句をつける。 まいっちまうはこっちの台詞だ。 部下の尻拭いはリーダーの仕事とはいえこんな面倒どうすればいいのか見当もつかない。 「確認したさ、仕事始めた時にゃここいら一帯誓って人っ子一人いなかった。それがこの野郎目の前のなんもないところから降って湧いてきやがったんだ」 ソルベが責められたことにムカついたのかジェラートが男を指差してこちらを睨んでくる。 その指につられて視線を再度男に固定した俺は次の瞬間驚愕に目を見開いた。 「リゾット!リゾット・ネエロ!」 ソルベが指差した男が、俺を指差して正しく俺の名を呼んだ。 それだけではない。 「――パッショーネ―――メス――メタリカ――、ソルベ、ジェラート――――!」 「おいおい反対だぜ、俺はソルベじゃなくてジェラート。ソルベは向こうの兄ちゃんだ」 その重大さに気づいていないのかジェラートは普通に会話しているが、 男の口から発せられる外国語(おそらく日本語だろう)の中から身内でしか知り得ない情報がポンポンと飛び出してくる。 二人にはリゾットかリーダーとしか呼ばれていないのになぜフルネームがわかったのか。 スタンドだって、名を明かしていない上あの短時間で能力が知れたとも思えない。 そしてそれ以上に奇妙なのは。 「―――――、――――!」 暗殺者という俺たちの正体を知っているに違いないこの男が、泣き顔から一転興奮したような満面の笑顔になったということだった。 |