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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




「佐崎、佐崎!」

極卒が蹴破ったのだろう、扉がすごい音を立てたがもう慣れた。
普段意外と優雅な振る舞いを見せる極卒はそれでもしかし両手がふさがっている場合など躊躇いなく足を使う。
茶菓子だのなんだのを持ち込まれるたびに被害を受ける俺の私室。
高官用の部屋の扉は頑丈だから傷一つないのだが少し複雑だ。

「どうかなさいましたか、極卒様」
「ぐぅぃ!呼んだらすぐに来いと何度言ったらわかるんだ!!」
「防音素材の部屋では呼ばれても聞こえないと何度も申し上げました」

最近なにがあったのか、きちんと仕事をこなしているはずなのに宣言通り『暇をつくっている』様子の極卒のこと、どうせまたお茶か仮眠をとるかだろうと高を括って書類に目を落としたまま言葉を返す。
総統を前に座ったまま書類整理など物理的な意味で首を切られても仕方のない無礼な行為。
しかしそんな気を使っていてはこの人部下など務まらないと気付いたのはつい一月ほど前、正確には召し抱えられた二日後のことだ。
まあこの状態には俺にも非がある。
初めて呼び出された後振る舞われた紅茶がとてもおいしくてお世辞抜きに褒めたのが間違いだったのだろう。
てっきり秘書や部下にやらせたものだと思っていたそれは極卒自ら淹れたものだったらしく、それ以来事あるごとに部屋に紅茶と菓子と極卒がセットでやってくるようになってしまった。
なんで国のトップが部下の茶酌みするんだとか紅茶はいいから仕事してくれとか仕事しないなら休んでくれとか休むなら自分の部屋で休んでくれとか。
言いたいことはいろいろあるけれど結局紅茶を味わって「おいしいですね」としか言えない自分が不甲斐なかった。
甘やかすような年齢でないのはわかっているのだがあのわくわくしたような顔はどうにもいけない。
もともと流されやすい性格であることは自分で分かっているし、紅茶は本当においしいし仕事はなんとかギリギリ処理できる分量。
この程度の我儘なら許せる程度だなんて

思っていたらこれだ。

「………どなたを引きずっていらっしゃったんですか」

何の気なしに顔をあげた瞬間目に飛び込んできた赤色。
縄で縛られ猿轡をされた風体から考えれば明らかに罪人だが、そうだとしたらなぜここに。
更に気になるのはまるで親の仇のようにこちらを見ている男の瞳が、色は違えど誰かさんに酷似しているということだ。
いや、誤魔化すのはやめてはっきり言おう。
この男、極卒様にそっくりじゃないか。

「ひょひょっ、や〜っと気付いたな」

俺が前を向くのを待っていたらしい極卒が短刀を抜いて男の口に噛まされていた猿轡をぶつりと切る。
瞬間露わになった男の容貌に俺は目を瞠った。
似てるとかそっくりとかそれどころの話じゃない。
金の髪に燃えるような赤い瞳、それと同色の軍服、それらをすべて黒に染めれば極卒本人にしか見えないだろう。

「極卒様、彼は」
「これは僕のクローン体だ。身体能力や知識だけをコピーした軍事人形、のはずだった。常々僕が複数いれば仕事も楽になるだろうと思っていたのでつくってみたのだがね」

指を顎に当てながら話す獄卒がいう「はずだった」とクローンの表情で俺はこれがどういう状況なのかを把握した。
把握できてしまった。
一月でこれほどまでの異常事態に対応できる自分が怖い。

「つまり人形のつもりだったのに自我を持った人間ができてしまったと」
「正・解。まあ自我を持った人間というより記憶自体が移っているから僕がもう一人といった感じだがな」

楽しそうな笑みを浮かべている極卒に対し完全に不機嫌を隠さないクローン。
自分に縛られて引きずってこられれば不機嫌にもなるだろう。

「で、なぜクローンの極卒様を縛って私の部屋に連れて来たんです」
「くひょひょ、気になるか〜?」
「はい」

ここで気にならないから持って帰ってくださいと言ったらどうするか興味があるがさすがにそれはまずいと思いなおして素直に返答した。
クローンにやたら睨まれている理由も知りたいところだし。


「これがあまりに生意気だから、いっそお前の下につけてやろうと思ってな」


ナイスアイディアだろうと胸を張る極卒に俺はなるほどと息を吐いた。
そりゃ、睨まれるわけだ。
生意気な鼻っ柱をへし折ってやると自分に自分の部下の部下に(ややこしい表現だがこれで間違っていないのだから恐ろしい)させられるなんて、プライドの高い極卒をそのままうつしたクローンには耐えかねる扱い。

「彼の同意は得たのですか」
「ひょ?出来損ないの人形に同意など必要ないだろう」

笑ったまま心底不思議そうに首をかしげる極卒は本当に理解していないのだろうか。
だとしたらいくら仕事ができて頭の回転が異常に速かったとしても阿呆である。

「極卒様、もしあなたが私の下で働くことを強要されたらどうします」
「そんなことあるはずがないだろう、僕は偉いんだぞ」
「有無を言わさず私の下に配属されたらあなたはどうするのかと聞いているんです」
「ありえない、そんなことをするやつは死刑だ!殺してやる!!」

想像して腹が立ったのか奇声をあげてじたばたと暴れる極卒にそうでしょうと静かに告げる。
このクローンが本当に極卒の性格をそのまま引き継いでいるとしたらそれが答えだ。
隙を見せたが最後即行で殺されるだろう。
口に出した瞬間それを解したらしい極卒が怒りの形相をそのままに押し黙った。

「とりあえず先にしっかりこちらの極卒様と話をつけてください」
「っぐ……」
「ひょっひょっ無様だなァ極卒よ」

今まで自分をぞんざいに扱っていた極卒が窘められているのが愉快だったらしい。
クローンがはじめてその白い頬を持ちあげた。

「ほろほろ、しかしさすが佐崎だ。僕が部下に選んだだけある」
「佐崎を選んだのは僕だ」

ギッと常ならぬ鋭い目でクローンを睨む極卒に嫌な予感がよぎる。

「いいか、佐崎を選んだのは僕で、佐崎はお前のものじゃない」

みるみる笑みが消えて表情を失う極卒に自分の予感がはずれていないことを知った。
なんだか話が変な方向へ逸れている気がするがとにかくこれはまずい。
クローンは轡を外されただけで縄は体を拘束したまま。
このままでは、そう思った瞬間極卒の手が銃にかかったのを見て俺は二人の間に体をねじ込んだ。

「極卒様、おやめください!」
「ぐうぅぅい!!なぜこれを庇うんだ!僕はっ」
「そうだあなたは偉い、だからこそ抑えてください。彼が私の部下になるのなら責任は私が負いましょう」

そもそも自分だって上司に対して不敬を行ったことに違いはない。
死刑や拷問は困るが不利益処分くらいなら甘んじて受ける。
大体自分の部屋で極卒と同じ姿をしたクローンが極卒自らの手で銃殺されるなんてシーン見てしまったら夢に出て魘されそうだ。
目をそらさずじっと見つめていると極卒の額にはらりと一筋の髪が落ちた。


「お前は、僕よりもそっちのが大切なのか」


極卒らしからぬ小さな呟き。
思いつめたような声にどう反応していいものか考えあぐねていると突然袖をひかれ俺は弾かれたように後ろを振り返った。
クローンは縄で拘束されていたはずだ。
後ろから袖をひかれるなんてそんな馬鹿な。

「くぅぃ…貴様」
「くひょひょ、お前ができることは僕もできる。縄抜けくらい簡単なことだろう?」

ばらりと縄を投げ捨てるクローンに緊張しながら脱力した。
縄抜けって簡単なものなのか。
簡単にできるのにあえて縛られたままだったのか。
なら俺が動けない彼を庇った意味は一体。

「佐崎」
「はい」

話しかけられてとっさに言葉を返したものの一瞬どちらに呼ばれたのかわからなかった。
色は違えど肉体的な差異はないらしくクローンの口から出る俺の名前は極卒の言うそれと同じ音だ。

「佐崎……いや、佐崎ジン殿。私は貴方の部下として共に歩むことを誓いましょう」
「なにっ!?」

クローンの三日月を描いた唇が些か気取った台詞を紡いだ瞬間極卒がまさかといったふうに目を見開いた。
その驚きようからすると、もしかしたら本気で俺の部下にさせる気など初めからなかったのかもしれない。
思い通りにならない存在を大人しくさせるため二、三日格下の相手にこき使われればいいという感じか。
しかし真っ直ぐにこちらを見据えるクローンの丸い目に迷いは一切感じられなかった。
先ほどまでの不機嫌が嘘のように、嬉々として俺を見つめている。
あの極卒のクローンが俺の部下になってもいいと言っているのだからここは俺も驚くべきなのだろうが、もうなんというか、慣れって怖い。
ここ一カ月で俺は驚きに対して不感症になってしまったようだ。

「よろしいのですか?」

二言はない、と少しだけ目を細めたクローン。
クローンだからまるっきり同じかと思っていたのだがこちらの極卒は本物の極卒に比べると少しだけ穏やかな気がする。
こんな短時間で言いきるのも問題だが、それでも俺の下に就こうという考えをもつ時点で本人とは別物だ。

「そうなればいつでも会うことができるし場合によっては一日中同じ部屋で仕事をすることもあるだろうなァ〜」
「待て、そんなことは許さんぞ!」
「黙れ極卒。貴様の許しを得る謂われはない」

いつの間にやら俺を無視して言い争い始めた黒と赤を前に俺も一人で考える。
人格はともあれ知識が本物と相違ないのならば、以前話していた俺を『直々に仕込む』係としても適任だろう。
更に極卒の優秀さはその面倒さとともに嫌というほど理解している。
我儘放題な上司としては厄介なことこの上ないが基本命令すれば遂行せざるをえない部下としてなら最高の人材。
仕事の能率が一気にあがること間違いなしだ。

本人から部下にと言ってくれているのだからこれはまたとないチャンス。

俺の思考は「どうやって本物の極卒様を説得しようか」という難題に切り替わった。