はじめは何が何だかわからなくて、二度目で怖くなり三度目で精神病を疑った。 事態の解明に奔走し始めたのは七度目からだ。 ラッキーセブン、7という字は俺にとって特別な数字だから。 さよならのワンダーマーチ 人気インディーズバンド「デスマーチ」のボーカルがライヴ直前に突然失踪、バンド解散の危機。 そんな噂を耳にしたのはもう一ヶ月ほど前になるだろうか。 いや、日付だけで言うならこの噂が流れるのはまだまだ先のことだ。 777はまだ生きている。 このあと開かれるはずのライヴのチケットを、俺は彼から直接受け取った。 777は生きている、が、このままでは程なく噂のようにことは間違いない。 この一か月、繰り返され続ける一日を生きるうち俺は新しい世界を見ていろんなことを知った。 初め死んだはずの弟分がスケボー片手に走り回っているのを見たときはやはり心の病気かと落ち込んだが今では納得している。 俺たちの世界と死者の世界は重なっているのだ。 尾藤は幽霊、変な化け物はノイズ、そして死神。 777やデスマーチのメンバーの背中の羽根の意味を理解したときの衝撃といったらなかった。 だって結成当初からの古株の追っかけで宣伝したり仕事の世話焼いたり半ばマネージャーのようなものだから少しは信頼されてると思ってたのに、777は俺の知らない世界で生きてるんだ。 「と、もうこんな時間か」 昨日や一昨日、その前と変わらない一日ならもうそろそろ行動しなければならない。 俺は思うのだ。 同じ一日を繰り返すことに意味があるとすればきっとこういうことなのだろうと。 A-EASTの前につき中を見渡すがやはり真っ暗で何も見えなかった。 懐中電灯で足元を照らしながらデスマーチというバンドに出会ってから今までのことを思い出して覚悟を決める。 一昨日に777の消滅を知った。 昨日は止めきれなくて目の前で消滅を見た。 どうやら「コニシ」という人物を探している尾藤とヘッドフォンをつけた少年のためライヴステージに入る必要があるらしい。 流れを変えられないのなら、止められないのならそのままにしておけばいいのだ。 狙うのは777が中に入りノイズに襲われるその瞬間。 中に入って三時間ほど経ったとき、聞こえていた爆発や金属音がやんだ後777の声が聞こえた。 「おーい、誰かいるのか?」 片膝を立てている状況から一気に地を蹴り入口からまっすぐ歩いてきた人影に向かって走り出す。 羽音と風圧であのでかいノイズが近くにいることがわかったが、俺はノイズに襲われることはない。 触れるのだから攻撃を受ければ死ぬのだろうけど。 「おーい……、!?」 ノイズとほぼ並走して間一髪で眼前に躍り出た瞬間、光の加減で777の驚いた顔が見えた。 思いきり突き飛ばすのと同時に肩に何かが突き刺さる。 コウモリっぽい感じだったから牙か、羽か。 痛いとかじゃなくてただ衝撃と燃えるような熱、そして倒れそうになるほどの震え。 (777、あんな近くに顔がくるなら冥土の土産にちゅーくらいすればよかった) ノイズは俺から離れて距離をとったようだ。 いきなり途切れた777の身を案じて尾藤やヘッドフォンもすぐに駆けつけるだろう。 これで大丈夫。 777は死なない。 今日のライヴを成功させて、メジャーになって、これからも生きていくのだ。 「…………ジン?」 床に崩れ落ちた状態で一人感慨に浸っていると突然名前を呼ばれた。 「ジン、どうしてこんなところに……ジン、おいジン返事しろよおい、ジン、ジン」 魂が抜けたみたいな掠れた声で777が俺の名前を連呼する。 突き飛ばしたときの一瞬だけで俺だとわかったらしい。 こんなときだが少しは特別な位置にいたと自惚れてもいいだろうか。 「血……お前、血が」 「はは、せっかく777、に触られてるのに、感覚ないや」 笑いとともに血の塊がせり上がってきてうまくしゃべれない。 これは死ぬな、と冷静に考えた。 人間って意外と脆いもんだ。 「ジン」 「ライヴさ、楽しみにしてたんだけど、見に行けなさそう、だな。俺あんたから、三十回もチケット買ったんだぜ?」 繰り返しの記憶がない777に言っても意味などわからないだろうが自分にとっては十分な笑い話。 三十回も同じ日のチケットを買って一度も見に行けないなんて馬鹿馬鹿しすぎる。 「全部知ってるんだ。777が死神なのとか、いろいろ」 知ってる上で勝手にやったことだから、おれが死んでも気にしなくていい。 そういった旨を呂律のあやしくなり始めた口を必死で動かして伝える。 突然電気がついて明るくなったせいで視界が真っ白になった。 目がぎゅっと痛んだが、どうせ見納めになるのなら痛みなど関係ない。 必死に瞼をこじ開けるとそこにはこの世の終わりみたいな顔の777がいた。 「777、ひ、どい顔、してるぞ」 笑え、笑え。 痙攣する頬を無理やり押し上げ無理やり笑顔を作る。 「ジン、嫌、嫌だ死ぬな、死ぬな!!」 悲痛な叫び声を聞いて頭を撫でようとしたがきっと血がなくなりすぎたのだろう。 残念なことに腕を持ち上げる力は残っていなかった。 「そうだ、ゲーム!死神のゲームにっ」 「……無茶、言うな」 近くで戦うヘッドフォンに目を向ける。 あんな化け物と戦うなんて怖いじゃないか。 こんな経験は一度で十分だ。 (そんな怖い化け物の前に飛び出せるなんて、愛だよなぁ) ああ、死ぬ前って本当にこんな感じなのか。 寒いし苦しいし777はもう見えないし、最悪。 (でも、いいや) 俺の一日は報われたのだ。 |