ロンドンへ行くと聞いたとき直感的に「ああ終わりなんだな」と思った。 だって巻島裕介だ。 自転車が大好きで真剣で一生懸命で、全国の猛者たちと競り合って諦めることなくテッペンを目指す、そんなとてつもない男なのだ。 オレみたいに何かを本気で頑張ったこともない、自転車に乗るのなんて近所のコンビニへ行くときぐらいな平凡一般男子学生とオツキアイしていたことこそ異常だったのである。 直接別れを切り出されるのかそれとも超遠距離を利用して自然消滅か。 裕介はただでさえ筆不精だし後者かな、と考えながら貼り付けた笑顔で冗談をひねり出した。 いや、冗談というか、皮肉だ。 釣り合わない相手に惚れてしまった馬鹿な自分と、そんな自分に短い夢を見せてくれた裕介への。 「いいじゃんロンドン。ロンドンって確か同性婚オッケーだったよな?結婚式はいつにする?」 「へっ!?」 「えっ?」 冗談キツいっショ、と一蹴されるものとばかり思っていた。 そうしたら本気だったのにひでぇと詰って笑って終わりにするつもりだったのに、オレがわざとらしいぐらい明るく軽い口調で吐いた言葉に目の前の恋人は顔を真っ赤にして混乱している。 わけがわからない。 そんなの、これから別れるってやつに見せる顔じゃないだろ。 「裕介、落ち着け。冗談だから」 「え、あっ、じょ、冗談……?」 予想外の反応に戸惑いつつ予定を変更してそう告げると裕介はぽかんと目を見開いたあとしばらくの無言の時間を経てクハッと笑い声をあげた。 オレの貼り付けた笑みよりよっぽど下手くそな、表情筋が強張ったひきつり笑いだ。 「な……なんだよ冗談かヨォ!ったく、マジびびったっショ!」 いつも通りを装った裕介が、いつも以上のテンションでバシバシと背中を叩く。 背中が腫れあがるんじゃないかってぐらいに加減もクソもなく叩いたあとハァと息をつき顔を隠すように玉虫色の髪をくしゃりと掴んで「冗談かよ」と漏らした声は独り言みたいに小さくて、けれど滲み出る悲しみと虚無感だけはハッキリわかってしまったからオレは自分の勝手な思い違いに気づいて泣きそうになった。 遠くにいってしまうけど、ただでさえ遠い世界の人間なのにと思っていたけれど、まだ終わりじゃなかったのか。 終わりにしなくても、冗談じゃなくても、よかったのか。 「……英語、勉強する。本気で」 「……万年赤点スレスレのやつが、よく言うショ」 「やればできる子なんだよオレは」 英語で手紙書くから添削してくれと頼めば鼻を啜る音とともに小さな頷きが返ってきた。 裕介は筆不精だしオレは英語が大嫌いだけれど、きっとやりとりが途絶えることはないだろう。 |