「……なあ、あんたいつまでこっちにいるんだ」 「んー?どうだろうなぁ……上からせっつかれてるから、そろそろ帰らなきゃならないとは思うけど」 そうかよ、とだけ返すとごろりと寝がえりを打って背をむけた青年のむき出しの肩に手を伸ばし、もう一度仰向けになるよう転がしなおす。 事後特有の気だるさが滲む横顔はむすりと機嫌悪そうに顰められていて、ただ少しばかり前に突き出された唇からするに怒っているというわけではないのだろう。 端的に言ってしまえば拗ねているのだ、この青年は。 「グズマ」 のそのそと上体を起こして尖らせた唇に優しくキスを落とすと鬱陶しいと言わんばかりに腕で押し返されたが色づいた眼もとで睨みつけられても説得力はまるでない。 この数カ月の付き合いで身体のほうはすっかりなじみ切ったというのに恋人のような行為にはまるで耐性ができないのだから、元不良集団のトップもかわいいものだ。 とはいえキスの一つで不機嫌の原因がなくなるわけではなく、しばらくの緊張感に欠けた睨み合いののち、俺は観念してグズマが望んでいるのであろう言葉を口にした。 「グズマ、お前も一緒についてくるか?」 アローラ支部で起こった諸々の事件を調査するためにエーテル財団本部から派遣された身である俺は、近いうちに本部へ帰還しなければならない。 悪ぶっているとはいえグズマは決して分別のない子供ではないからそのことに対して喚き散らすような真似はしないけれど、簡単に納得できるかといえば話は別で、気持ちの整理をつけるためにも俺からの別離を惜しむ言葉が欲しい、とそういうわけだ。 案の定あっさり「いかねぇよ」と提案を跳ねのけたグズマに、だから嫌だったんだと肩を落とす。 グズマの機嫌は直ったようだが俺は傷ついた。 まったく、年を食ってからの旅先で前途ある若者に本気でなど、するべきでない恋愛パターンのフルコースではないか。 「……どうしても来てくれないのか」 「行かねぇ。俺にはこっちでやらなきゃならないことがある」 「強くなるのはここじゃなくてもできるだろう?」 「ここじゃなきゃ駄目なんだ……逃げるのは、もう止めたんだ。俺は」 確固たる決意の籠った瞳に、俺はただただもったいないなぁと思った。 もし俺が何かから逃げていたときのグズマに会えていたなら、二度と自分の足で立ち上がれないよう念入りに甘やかして自分の傍で厳重に囲っていただろうに。 まあこんな考えの人間から逃れられるのだからグズマにとっては幸運かと苦笑を浮かべ、くしゃくしゃとボリュームのある白い髪の毛を撫でまわして手を離す。 と、追い縋るようにその手をとられ、俺はきょとりと目を瞬かせた。 「……あんたは、」 「ん?」 「あんたは、こっちには残らねぇのかよ」 ポケモンの保護なんざそれこそどこでもできるだろうが、という仕事を舐めているとしか思えないとんでもない我儘を吐く強気な声は、しかし少しだけ震えていて、愛想なく伏せられた目もなにやら所在なさげに揺れている。 普段横暴なようでいてあまり我儘を口にしないグズマが必死に紡いだそれはこれまで着実に歩んできたエリート街道をうっかり踏みはずすには充分すぎるくらいの威力で。 数秒後、俺はいつになく真剣な顔で左遷じみた異動のための計画を練り始めたのだった。 〜〜〜 ・エーテル財団本部職員 火遊びのつもりで調査対象である『代表と行動を共にしていた青年』に手を出すもわりとすぐに遊びで済まなくなった悪いおっさん。それなりに良識はあるヤンデレ予備軍。 ・グズマ 遊ばれてるんだろうと思いつつ甘やかすのも甘えるのも上手い大人にコロッといってしまった不憫な子。後日主人公がアローラ支部に異動してきたことでようやく本当に愛されてるのかもしれないと気づく。 |