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家のドアを蹴破り二階に駆け上がって自分の部屋に入り鍵をかける、この間十秒。
妹がうるさいだのなんだのと叫んでいたが聞く耳持たぬ。
兄には何をおいてもやらなければならないことがあるのだ。
俺は密室状態の部屋の中心部に正座すると脱いだ上着でぐるぐる巻きにしていたモンスターボールを震える手でそっと取り出した。
先ほどの戦いの激しさを物語るようにボールには大小の傷が刻まれている。
地面に擦れて若干薄茶けたそれは空っぽの時よりも心持ち重たい。
その数グラムの重さが俺に言うのだ。
『これは夢じゃない』と。

「よし……!」

はやる胸を抑えつつ俺はモンスターボールのボタンを押した。
ポケモンをゲットした以上一番にしなくてはならないことがある。
どんな形であれこれはすべきことだが、今回は特にだ。
ポンと耳に慣れた、しかし俺自身が起こしたことはこれが初となる音が鼓膜を震わせる。
光線がボールから床へと伸びそこで小さな形を作りだした瞬間、


「すんませんっしたあああ!!!」


俺は土下座した。


「本当にごめんなさい!あとありがとう!ありがとうありがとうごめんありがとうありがとう!!」


土下座の状態から素早く這い寄って力いっぱい抱きしめると呆然としていたツタージャが我に返って抵抗し始めた。
どこからか伸びてきたツルが全力で背中を打ってきて、ああ、これあと何回か受けたらおれ死ぬなと冷静に考えつつしかし腕の力は緩めない。

ポケモンとの生活は俺にとってどうしても譲れない一線だからどれだけ申し訳ないと思ってもツタージャを手放すことはできないのだ。
つまり俺の我儘のためにツタージャは自由を失うことになる。
しかも他の家族のように全力で好かれる体質ならまだしも、そこは俺。
好意も持てない別種族にいきなり拉致られて共同生活とか、それなんて苦行?
心中察します、俺だったら絶対耐えられない。


「ごめん」


そう、わかってる。
俺は最悪でツタージャは被害者だ。
だからこそ、できる限りの感謝と謝罪を。


「ありがとう」
「ごめんな」
「でも、ありがとう」


どれだけの間二つの単語を繰り返しただろう。
ふと腕の中のツタージャが抵抗をやめた。
どこか優しげな鳴き声に拘束を緩めるとツタージャは逃げることもせずゆっくりと床に降り立つ。
心が、通じたのか。

「ツタージャ……」

俺が感動して手を伸ばしたその瞬間、ツタージャが笑った気がした。
いや、気がしたのではない。
ツタージャは確かに笑ったのだ。

ものっすごい邪悪な感じに。


「へ?」


おそらく俺はこの世に生を受けて以来一番間抜けな顔をしていただろう。
その間抜け面を、体を一回転させ遠心力まで付加させた全身全霊のつるのむちがぶち抜く。
あまりの威力に踏みとどまることもできず床に転がる俺と回る世界。

起き上がろうとすることすらできず目の前が黒で埋まっていく。
なくなりつつある視界の真ん中で、ツタージャがこちらを見ていた。
見ていたというよりも見くだしていたというほうが的確な表現かもしれない。
体長60センチのツタージャといえど床に這いつくばった人間くらいなら見くだすのは容易いことのようだ。

次に起きたらきっともうツタージャはいなくなっているだろう。
いかにモンスターボールといえど本気で嫌がるポケモンを拘束し続けるすべはない。


『悪い人間につかまったツタージャは相手をうまく油断させ、その隙に見事自由の身となりました』
『めでたしめでたし』


ポケモンをゲットした。
夢じゃなかった。
ただ、短くて儚い、残酷な現実だった。


(ポケモンマスターなんて贅沢いわないから、せめて一緒にいたかったなぁ)


視界、暗転。