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学校での成績は優秀で躓くことなく警察に入り、そして刑事になった。
挫折を経験したことのない見栄とプライドばかりの若造はどうしたって年長者からのウケがよろしくない。
ことあるごとに押し付けられる厄介な仕事とねちっこい嫌味の数々。
隠す気もなく向けられる敵意に、俺は涼しい顔で笑っていた。
辛くなかったわけではない。
ただ馬鹿正直に心を折ってやるほど素直な性格をしていないだけだ。
どうしても我慢できなくなった時には人のよりつかない薄暗い便所のなかで吐いた。
泣きはしなかった。
誰が見ていなくても、泣いたら負けだと自分に言い聞かせてひたすら笑って仕事に励み続けた。
つらい。
くるしい。
そんな感情に蓋をして笑い続ける俺に、一体何を感じ取ったのか。

「都筑くんは努力家だな、実にジャスティスだ!だが頑張りすぎは身体に毒だぞ!」
「は、」
「泣きたいときにはジブンのところにくるといい!」

白い手袋をした大きな手でわしわしと頭を撫でらた。
反論しようと思ったが大きな声が脳に深刻なダメージを残したらしく身体が固まって身動きがとれない。
子供扱いされた羞恥と怒り、そして自分でもなにかよくわからない感情。
じわじわと顔を赤く染めあげた俺になぜかホルスターから取り出された安っぽい飴を押しつけ去っていった嵐のような男、番轟三はいま


『亡霊』という名前で呼ばれ厳重な警備の敷かれた牢獄の中にいる、らしい。


国際的スパイである『亡霊』。
所詮日本という小さな国の一刑事でしかない俺にとって現実味の欠片もないそれが、あのとき一体何を考えて接触してきたのかなど到底理解できない。
下っ端の俺が押し付けられていた仕事に重要な情報などあるはずもなく、飼いならしたとして何か便宜を図れる立場でもない。
亡霊が何を望んでいたのか。
俺に何を求めていたのか。
いくら考えてもわからないのに答えを知るはずの当人に会うことはきっと、もう。

デスクの隅に置かれたままだった飴をそっとつまみあげ、そのチープな包を開く。
中から出てきた毒々しいピンクのハート型をした飴に、国際的スパイがどんな気持ちでこれを買ったのかとおもわず苦笑した。
いや、亡霊に感情はないんだったけ。
でも裁判の席で酷く怯えていたと聞いた。
少しでも感情があって購入の際に恥ずかしがっていたなら、それはとてもおもしろい。

「ふ……はは、は」

口の中に放り込んだ飴をころころと転がしながらおもわず漏れた笑い声に何人かが振りかえり、
そのうちの一人がぎょっとした顔でこちらへ寄ってくるのが見えた。
ぽたぽたとデスクの上に落ちる水滴。
ああ、俺泣いてるんだな。
泣きたくなったらこいといった男がいなくなったとたん溢れ出した涙が面白くて、腹を抱え笑いながら泣き続ける。
時折嗚咽で飴が喉に入りそうになって、咽るとまた笑いがこみ上げてくる。
酷いループだ。

「お、おい、大丈夫か?」

どう考えてもまともな状態じゃない俺が心配になったのか、普段嫌味を言ってくる先輩が恐る恐るといったように声をかけてきた。
先輩は常に人を馬鹿にしたような言い方をするものの、それ以上に世話焼き心配性で、決して悪い人じゃない。
それに気付けたのは他でもない亡霊が対立状態にあった俺たちの橋渡しをしてくれたからだ。
ほんと、何がしたかったんだろうなぁ、あの人。

「大丈夫です。ちょっと顔洗ってきます」

本当は息ができないし涙で顔ぐちゃぐちゃだし笑いすぎで腹筋が痛いし、大丈夫でもなんでもなかったけれど。
なんとなく、泣いている俺のそばに先輩がいるのは違うような気がして席を立った。
泣きっぱなしの状態で階段を下り廊下を突き進んであの日、飴を受け取るまで毎日のように訪れていた便所の扉を開く。
洗面台の前に立つと曇った鏡にうつる自分が涙を流しながらこちらを見つめていた。
死の恐怖に怯えていたという亡霊も隔離された部屋の中こうして一人で泣いているのだろうか。
番轟三は大げさに喜怒哀楽を表す人だったけれど、あれはすべて演技だったという。
もし彼が、亡霊が自身の感情で泣くとしたら一体どんな風に、どんな涙を見せるのだろう。

――これはただの願望けれど

俺がいま彼について考えているように、ほんの少しでも、俺のことを思い出して泣けばいい。

捻った蛇口から出た水をすくい上げて勢いよく顔にかける。
冷たい水は生温い涙と違って気持ちのいいものだ。
俺は涙で既にべちゃべちゃだったスーツの裾で顔を拭うと
口の中、未だに大きなままの飴を噛み砕いてごくりと飲み込んだ。




(形にならなかった想いは、甘くてしょっぱい味がした)