天女が現れた。 本物の天女かどうかはしらないが平和な空気を纏い綺麗な言葉を口にする美しい女は比喩で天女と呼んで差し支えないので天女と呼ぶことにする。 天女がきてから、幾人かが変わった。 学園の雰囲気自体はそう変わっていない。 低学年は仲良く遊んでいるし、鍛錬に励むものもいれば夜遊びを画策するものもいる。 しかし幾人かは変わった。 潮江文次郎は、変わった。 「あー、どこにもいないとおもったらこんなところで」 呆れたような小平太の声を聞きながら俺は目を眇めた。 不用心に眠る天女と、その天女の膝の上で寝息を立てる文次郎。 ああ、そういえば天女はよく文次郎の隈を心配していたな。 一目で不健康に見えるそれは厳しい自制の表れだったが、そうか。 お前は、出所の確認できない不審な女の膝の上で無防備に眠るようになってしまったのか。 「ッなにをする!」 首元を掴み天女の膝の上から引きずりおろすと衝撃で一瞬窒息したらしい文次郎が尻餅をついた状態のまま小さく堰をしてこちらを見上げてきた。 攻撃を受けたならそれがどんな相手であろうとすぐさま距離をとるのが鉄則だろうに。 ぐいと引き起こして頬を張る。 パシンと乾いた音が響いて、文次郎は意味がわからないといったふうに数度瞬きを繰り返した。 「文次郎、前に聞かれたことの答えが出た。俺は、お前の精神を好いていたみたいだぞ」 その克己的で誰よりも努力する姿勢を美しいと感じていた。 一つのものに対する愚直さが好ましかった。 今更わかったところで何の意味もない。 俺の愛した彼はもう失われてしまったのだ。 茫然としている文次郎に背を向け、俺はその場を後にした。 (彼の変化を厭うたから) |