『松芽さんを誘いなよ』 『松芽さんに付き合ってもらったら?』 『松芽さんが』 松芽さんが、 吉茂が誘いを断る分彼女との時間が増えて、喜ばしいことのはずなのにどこかで不満が募っていく。 だっておかしいじゃないか。 松芽さんは、忙しいはずだろう? そう考えて少し前の吉茂との会話を思い出した。 「松芽さんってほんと暇そうだよねー」 あちらの世界ではこうだったああだったと話す彼女を見て、吉茂は首を傾げていた。 小松田さんがダメだから仕事が多いように見えるのかな、それにしたって彼女が仕事してるの見たことないや。 そういっていつも通り間の伸びた口調で、いたく不思議そうに。 そのとき私は確かほんの少しではあるがむっとしていた。 彼女は努力家で、暇なはずなどない。 だって彼女は初めて自分と会ったとき、文字を練習するから本を見繕って欲しいと頼んできたのだ。 はやくこちらに慣れたい、仕事を頑張って学園に恩返しがしたいと。 だから暇なはずなどない。 ない、のに。 松芽さんとの数度目の外出。 彼女は町に誘うととても綺麗に笑う。 暇だったのだと、することがないのだと。 私が渡した本は、彼女の部屋の片隅で誰かからの贈り物であろう美しい帯に埋もれていた。 「長次ー、明後日の午後時間がとれたんだけどもしよかったら町に行かない?」 行商が来るらしいから今まで付いていけなかったお詫びになんか奢るし、と吉茂がすまなそうに苦笑した。 一年生のとき以来今まで吉茂が私の誘いを断ることなど滅多にないことで、それも連続となると初めてのことだから気にやんでいたのだろう。 後輩との約束と鍛錬という当然のことを優先しただけなのに、吉茂は間延びした口調やゆるい見た目に反し意外と律儀だ。 吉茂のそういうところが素直に……好ましいと思う。 明後日。 松芽さんが、行商を見に一緒に町へ行こうと言っていた日。 頷いた心に躊躇いは欠片もなかった。 |