ひとりはいやだった。 周りから見れば俺は望んで一人でいるように見えたのだろう。 ひとりはいやだった。 周りから見れば俺が殻にこもっていただけなのだろう。 どうすればいいのかわからなかった。 どうすれば好かれるのか、 どうすれば必要としてもらえるのか、 どうすればみんなと一緒に笑うことができるのか、 どうすれば一緒に笑ってくれた人を自分のもとに留めることができるのか。 ひとりはいやだった。 どうにかしたかった。 どうすればいいかわからなかった。 小さな会社、仕事をしてミスをして怒られてそれでも仕事して。 どうすればいいのかわからなくて俺はどこかが壊れていたのだと思う。 会社から出て少し歩いたところで見た光景が、とてもゆっくりに見えたのだ。 携帯を確認するために立ち止まった同僚の男。 点滅する信号を無視して猛スピードで突っ込んでくる一台のバイク。 (ああ、二人のりだ) (結構若い) (ぐらぐらしてるから無免か飲酒だな) (メットくらい被れよ) (死ぬぞ) (死ぬ。俺の目の前にいる同僚) (死ぬ) (死ぬ) (俺よりできる奴) (俺より価値のある人間) (死ぬ) (どうする、俺) (死ぬなら、今じゃないか?) どん、と衝撃。 特に意識せず動いた俺の体は、次の瞬間宙を舞っていた。 俺が庇ったのは仕事に対して生真面目で後輩にも無理を強要して、嫌われて陰口をたたかれてもおかしくないような男だった。 そうならなかったのは他人に厳しい分自分をその百倍律して努力し、生真面目なだけでなく冗談をうまく扱う彼自身の性格のためだ。 妬みを受けることもあったようだが彼はそれを全て己の実力をもって返していた。 人に媚びず、しかし孤立することもない。 自分とは正反対の彼が、うらやましかった。 そんな彼は驚いたことにほとんど関わったことのない俺の存在を知っていたらしい。 彼は、彼の代わりにバイクに轢かれ道路に激しく叩きつけられた俺を必死になってこの世に繋ぎとめようとしていた。 「**、おい**!!聞こえてるだろう!?返事をしろ!!」 頭を打ったからだろう。 うまく呼吸ができないし思考も纏まらない。 ただ遠い存在であったはずの男が俺の名前を呼んでいる。 それが不思議で仕方がなかった。 痛くて苦しくて、出したいわけでもないのに勝手に呻き声が漏れる。 声を出すとその分いろんな所が痛くなってさらに声が漏れる悪循環。 涙で霞んだ目を精一杯開くと、彼はいつにない必死の形相で俺の顔を覗き込んでいた。 ぼんやりと見えていたものが次第に像を結ばなくなり視界がじわじわと黒に埋められていく。 頭の芯が冷える。 全身痺れて痛みももう感じない。 息ができない、それだけ。 「今救急車呼んだから、な、**、大丈夫だ、大丈夫だから……**?なあ、おい、」 簡単だった。 あっけなかった。 別段親しくもない、仕事の話を数度しただけの、心の底で少しだけ憧れていた男を庇って俺は死んだ。 普通ならそこで全部消えて終わりなんだろうけど、次に世界とこんにちはしたとき『前の俺』の最後の記憶は俺自身の葬式だった。 俺に庇われた彼は棺にすがりついて泣いていた。 家族も職場の人間も、高校の担任やゼミの教授、連絡を取っていなかった昔の友人まで全員俺の死体を前に泣いていた。 自分の葬式なんて見ることができるはずもない光景は、しかし実際にあったことだと思えて。 俺はどうやら必要な人間だったらしいと、感じられた。 (なーんだ、こうすればよかったのか!) |