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「前から気になってたんだけど、ふみやくんってどうして晃くんのこと嫌ってるの?」

 何の前振りもクソもない、まるで不意打ちで顔面にパイをぶつけるかのごとく唐突に質問を投げつけてきたテラに、ふみやはきょとりと目を瞬かせ一拍遅れで「え」と返した。

「え、嫌ってないけど。なんで?」
「またまたぁ、あんな露骨に避けてるくせに嫌ってないことないでしょ〜」
「避けてないよ。嫌ってたらそもそもシェアハウスに誘ってないし」
「それはそうだ。でもまあそれはそれとして、避けてるでしょ」
「避けてない」
「嫌ってる」
「嫌ってない」

 淡々と返答するふみやからは感情の動きが読み取りづらく、いつもながらその真意は窺い知れない。
 しかし常にテラくんのことしか眼中になくテラくん以外のことなどミジンコほども考えてもいないわりに他人の性質や行動を把握しているテラからすると、ふみやの晃に対する態度は本当に露骨だった。
 おしゃべりというわけではないが話せばしっかり舌の回るふみやが、晃に話しかけられたときだけは極端に口数が少なくなる。普段は大抵の人間が思わず目を逸らしたくなるくらい人の目を凝視してくるくせに晃とはちらとすら視線を合わせようとしない。複数人でいるときにしか空間を共有せず、二人きりになりそうな流れになると迅速にその場を離脱。
 これで嫌っていないならちょっとどうかしてるとしか言えないほど露骨だ。
 とはいえ先程ふみやが言っていたように嫌いならシェアハウスになんて誘わないだろう。
 一緒に生活し始めてから改めて嫌いになったというにはふみやの態度は初っ端から一貫して最悪だったし、なにより晃という男はこのシェアハウスにおいてはいっそ異常なほど平凡な人間であり、気が合うかどうかは別として特別嫌悪するポイントがあるとも思えなかった。
 だからこそどうして嫌っているのか疑問で理由を尋ねたわけだが。

「晃といるとなんかざわざわして落ち着かなくて、なに話したらいいかとかどうすればいいかとかわかんなくなるから、ちょっと……まあ、アレなだけで」
「嫌ってんじゃん!!避けてんじゃん!!」
「嫌ってない。避けてない」

 わざとらしく笑って流すでもなく、当初からの主張を頑として譲ろうとしないふみやにテラは麗しい溜息を吐いて「別にいいけど」と前置きしたうえで年長者として一つ忠告した。
 
「その『嫌ってない』『避けてない』っていうの、もし本気で言ってるなら晃くんにきちんと伝えておいたほうがいいよ」
「伝える……?」
「傍で見てる僕ですら嫌ってんな〜と思うくらいひっどい態度とってんだから、当人ならなおさらじゃない?」

 もし万が一ふみやが自己申告通り晃のことを嫌っているわけでも、露骨に避けている自覚すらないのだとしたら無駄に関係を拗らせることになりかねない。
 曲げられない、譲れないもののために他者との関係を犠牲にするのはしかたないが、ただの誤解で同じ家に暮らす相手と険悪になるのはさすがに馬鹿馬鹿しいではないか。

「誤解されてても構わないなら伝える必要ないと思うけど」
「…………え、俺、そんなひどい?」
「ひっどい。最悪」

 テラが間髪入れず返したところで初めてふみやの様子が変わった。血の気が引いたのか顔色が悪くなり視線がうろうろと泳ぎだす。
 見てとれるほどの明確な動揺にテラは内心でおやと小さく驚いた。
 ふみやが晃をどう思っているかは知らないが、少なくとも晃に『嫌っていると思われなくない』という気持ちはあるらしい。
 そう思ってんのになんであの態度だよと突っ込みたくなったが自覚がなかったのならしかたなくもない、という気もしないではなかった。

「仲良くしたいならちゃんと話さなきゃね」

 なにはともあれ底の知れないふみやの年相応な一面に微笑ましさを感じてくすりと笑い、いつになく頼りなげな背中に手のひらを押し当てるようにして軽く叩く。
 面と向かうとなにを話せばいいかわからなくなるなら今しがたテラに対してやったようにキッパリと疑念を両断するだけでもいいのだ。
 これまでの積み重ねがあるから言葉ひとつでまるっと解決とはいかないかもしれないが、それでも嫌っていないと真っ正面から伝えるだけで変わるものもあるだろう。
 少しの沈黙ののちこくりと頷き、おそらくは晃に会うための一歩を踏み出したふみやにひらひらと手を振って晴れやかな気分で炭酸水を用意する。

 「一件落着。さすがテラくん、いい仕事した」

 自賛の言葉を艶やかな唇に乗せ前方に設置した鏡に映る心優しく才気に溢れいつどの角度から見ても美しく世界一麗しい人物に向けグラスを掲げたテラは、翌日晃から「昨日ふみやくんに小一時間ほど無言でガン飛ばされたんだけど俺もしかしてついに殺されるのかな?」と相談されることをまだ知らない。
 伊藤ふみやが恋をしているなんて周囲の誰も、ふみや本人ですらまだ想像すらしてない異常事態。
 一件落着どころか、ふみやの未知の感情に起因する騒動は始まってすらいなかった。