立花仙蔵が私を嫌う理由を周囲は同族嫌悪だという。そして私が彼に持っている感情をその逆、同気相求だ、とも。 しかし私にはわかっていた。周りの言うそれは前提からして間違っているのである。 みんな気付いていないが、私と立花仙蔵は同族などではない。いや、表面上のカテゴリとしては同じなのだろう。私も仙蔵も面倒事が起こりやすい忍術学園でその騒ぎからどこか一線を引くことが多い人間だから。 傍観を決め込んでことの成り行きを楽しんだり、積極的に引っかきまわして当事者たちをからかったり。 そこまでは同じ。ではなにが違うのか。 答えは簡単だ。仙蔵には愛があり、私にはない。 本人を前にして言えば酷く苦い顔をするだろうが、立花仙蔵は愛にあふれた人間だ。 岡目八目とはよくいったもの。彼はいつだって騒ぎの中心でも一歩引いたところに立ち、時に煽り、時に冷静に警告をする。 不測の事態が起きないよう。お遊びの域を出てしまわぬよう。だから嫌われないし、信頼される。 対して私は同じように行動したとしてもそれはすべて自分のため。 最終的に誰かが救われるように、皆の納得を得られるように計算して動くため好意も信頼も得られているがそこに他者に対する愛など欠片もなく、自分さえよければ他がどうなろうと知ったことではなかった。 似ているようでまったく違う。 私から見てその違いはとてもまぶしいもので、だから私は仙蔵を好いた。 仙蔵から見てその違いはどこまでも醜いもので、だから仙蔵は私を疎んだ。 「全部わかっていたことなの。彼に嫌われてるのも、告白したって駄目なのも。だからかしら。あまり傷心してないのよ、私。本当に自分でも不思議なくらい。ごめんなさいね。もう少し大きく心が痛んでいればあなたの甘言もやさしく響いたのでしょうけど」 こんな女に惚れた挙句時期を見誤って上からの態度で告白してしまうなどこの後輩もまったくかわいそうに。少々ではあるけれど同情してしまう。 心の内をすべてぶちまけたあと自身の唇にあてた指をはずして真っ直ぐに前を見やると、先ほどまで余裕たっぷりに「私ならあなたを愛することができる」「ねえ私と付き合いましょう」と甘いセリフを吐いていた後輩、鉢屋三郎は滑稽を通り越して哀れを誘う情けない表情で立ちすくんでいた。 「……さっきまであんな、すごい悲しそうな顔してたくせに」 「そうね。鉢屋くんの自信満々な顔が面白すぎて、つい悪ノリしちゃった」 「その軽口も信頼やら好意やらを得るための計算ですか」 「あなたがそう考えることを前提に『こんな女に惚れた私が馬鹿だったと思わせるための自分を犠牲にした慰めの態度かもしれない』と感じるところまで計算してるわ」 実際そんなふうに思いかけていたのだろう。すっかりしょぼくれた様子で「くのたま怖い」と呟いている鉢屋くんに、なにを今更と小首を傾ける。 彼が一年生の折、最初の色の授業で相手をしたのはこの私だ。 例に漏れずさんざんな扱いをされたはずの相手に惚れるとは、もしやこの後輩は被虐趣味なのだろうか。 先ほどの手慣れた様子からしてそれなりに引く手はあるのだろうに、なんて残念な。 「ミョウジ先輩、今失礼なこと考えてません?」 「あら、憶測で人の思考内容を貶めるなんてそれこそ失礼よ鉢屋くん」 ころころと笑いながらそう返すと鉢屋くんは小さく小さく、心底複雑そうな声で呻いた。 否定はしなかったから実際に失礼なことを考えていたのだと伝わったのだろう。 仙蔵が相手ならここから二度三度と柔らかい膜に覆った辛辣な嫌みの応酬がはじまるのだが、単に言い返せないのか惚れた弱みか鉢屋くんがそうする気配はない。 「先輩はずるい」 「そうなんでしょうね」 「綺麗だしかわいい」 「ありがとう、嬉しいわ」 唐突な褒め言葉にも恥じることなく流しきる私に鉢屋くんが頭を抱えて「こんなの諦められない」と嘆いた。 本当に可哀想。だけどこればっかりは私の努力でどうこうなる問題ではないから。 だから。 「がんばって」 私の言葉に八の字眉毛の鉢屋君がそろりと俯けていた顔をあげた。 借り物の顔で捨てられた犬のような表情をする鉢屋くん対し、私は何度も鏡の前で練習して作り上げた、自分が一番美しいと思う微笑みを向ける。 私のことが好きなら、恥をかかされ打ちのめされても諦められないというのなら、私が本心からの笑顔で「私も大好きよ」と応えられるまで頑張って口説いてみればいい。 それは最初から諦めてしまっていた私にはできなかったことで、しかし私自身にそういう諦めの悪さに対する否定的な気持ちは一切なかった。 失恋の弱みにつけこませてあげることはできないけれど、今の私は恋する相手もいない自由の身なのだから好きにすればいい。 好きに、してくれるといい。 「私、つぎは幸せな恋がしたいの」 だからがんばってね、鉢屋くん。 |