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*傍観夢テンプレ天女様()系主人公

 私が何の因果かこの異世界に舞い降りたのはつい二ヶ月ほど前のこと。
 何も知らない人が聞いたら痛い子かと思われそうだが比喩表現でもなんでもなくリアルな意味で『異世界』に『舞い降りた』のだ。本当に、心の底から忌々しいことに。
 落下というにはゆっくりと、まるで天空の城のヒロインさながらに空から現れた私は『天女』という古めかしい響きのあだ名をいただき不審者ながら職をいただいてなんとか今日も生きている。
 職に就けたのはありがたいことだと思う。しかし同時にこうも思うんだ。
 天女様だっていうならなんで仕事させるわけ?
 仮にも天女様なんて格上的な呼び方するんならなんで崇め奉らないわけ?
 いや、仕事はしたくてやってるし天女って呼ばれるたびに否定してるし奇跡なんて起こせないしただの現代っ子な女子高生だから崇め奉られたって困るだけだけど、じゃあ中途半端な天女様扱いやめろって話だよマジで。
 特に男。
 格好いい男、人気のある男、彼女持ちな男。
 愛想笑いとかお世辞とか社交辞令とか一般常識に沿った行動で惚れるってどんだけ頭弱いの。
 純真清廉美しい心の持ち主で笑顔を見ると心が温かくなるって、惚れた理由として当たってるの最後の笑顔だけだと思います先生。
 わかるよ、私自惚れじゃなく昔から結構男好きのする顔だって言われてたし化粧してるよりスッピンに自信あるしぶすっとしてるより笑顔のほうが好印象なのは当然だとおもう。
 うん、まあ、つまり顔だよね。
 なら顔が好みだって素直に言えよ男ども。
 顔で惚れたの認めたくないからって『天女様の纏ってる空気が好き』みたいな言い訳すんな。そのせいで私くのたまの子に最低な悪女扱いされてるじゃん。
 くのたまA曰く、「下手なつくり笑い見抜けない忍たまも馬鹿だけど、一番馬鹿なのは馬鹿誑かしていい気になってるあんたよ」。
 仕事場の人間関係円滑にするために笑顔で接するのは悪いことですか。
 くのたまB曰く、「六年とは遊んだのに一年の誘いは断ったんだって?恋愛対象以外はどうでもいいわけね」。
 六年は断る間もなく強引に拉致られました。一年は仕事の最中だったので丁重にお断りしましたがなにか。
 くのたまC曰く、「おだてて荷物持たせるのはいいけど自分の仕事くらい自分でしたら?」。
 荷物はそのあとすぐ返してもらったし、そもそも「力持ちだね」でおだてられるほうに問題ありじゃないかね忍者のたまごたち。
 迷惑な誤解を解こうと思ってオブラートに包みながら説明したら更に悪評がたったよ!全部人のせいにして自分は被害者面かよってさ!
 もう嫌だ恋愛のドロドロウザい。
 賛辞も嫉妬もどいつもこいつもみんなみんな自分のことばっかり。
 そういう私も考えてるのなんて自分のことだけで、みんなの気持ちなんて知ったこっちゃないわけで、でも今キレて騒動起こして解雇されたら私ほぼ確実に生きていけないし。
 周りに対する苛立ちと薄暗い自己嫌悪と打破できない現状と悲観しかできない未来。
 そんな人間にとってのストレス極限状態であろう生活の中で、私に救いを与えたのは一人の少年だった。

「━━というわけなんだけど、どー思うよ」
「愛想振りまくのが原因ならそれやめればいいんじゃないっすかー」

 話し相手というか愚痴り相手兼ご意見番。私の心のオアシスであり救世主。その名も摂津きり丸くん。
 彼がいなかったら私は今頃腹を割って話せる相手の一人もおらず不安やら不満やらで物理的に爆発していただろう。
 今日もいつもと変わらず興味のない様子で視線すら合わてくれないものの、ひねくれた言葉でややこしい物事をストレートに伝えてくれるとてもありがたい存在だ。
 まあ私が一方的に懐いているだけなので、悲しいかな、仲がいいとか友達とかそういうアレじゃないんだけどもね。
 そもそも『もし学園から追い出された時の保険』としてアルバイトのプロであるきり丸くんに私が師事を請うたのがこの関係の始まりなので、最初はかなり嫌われていたと思う。
 なにせ「金銭や物の価値がわからないから教えてください」「一か月くらい虫と雑草食って泥水啜って屋根のない場所で寝てれば少しはわかるんじゃないですか」が初めての会話だ。
 言われた当初は女の子相手になんて酷いと愕然としたが、人づてに事情を聞いてなんとなく納得した。
 十歳、いや、それより幼い時点で身寄りを亡くし一人で生きざるをえなかったきり丸くんに対し私が言ったことこそ酷いことだったのだろう。
 自分を身を切り命をかけて得た知識を、その現実を知らないやつにタダで教えろと言われたら私なら確実にキレる。その点きり丸くんの対応は優しさに溢れていた。実に良い子である。
 わざわざ謝ったりしたら余計に嫌われそうだから実践をもって反省を見せたのだが、うん、大変だったよ一か月サバイバル生活。生まれてこのかた十六年安穏とした生活を送っていた人間が半端な覚悟でやるものじゃないと痛感した。
 仕事があるから一日ずっと食料探しに使えるわけじゃないし、火をおこすこともままならないから生でワームを齧らなきゃだし、お腹壊しても仕事はしなきゃだし、雨が降ったら床がぐずぐずだし。なにより夜中ノミのように跳ねまわっている上級生が野外で寝るのを邪魔してきて本当に面倒だった。
 けれど一応それらの成果は実り、私は一まわりも二まわりもずぶとくなって「虫と草食べてれば生きていけるんなら食費ってほぼいらないよね」とか考えられるようになったしきり丸くんは呆れながらも金の稼ぎ方や常識、礼儀、仕事のつてや人生相談などにのってくれるようになった。
 いまとなっては私の唯一の癒しだ。
 やたらめったら自分の魅力をアピールしてくるやつらよりもちゃんと話のキャッチボールしてくれるきり丸くんのほうがよほど魅力的です。学園一いい男はきり丸くん。異論は認めない。

「うーん……愛想振りまくのがよくないっていうのは確かにそうなんだけど、一応いまでも最低限に抑えてるつもりなんだよね、愛想。ほら、私事務員だし、生徒はお客様みたいなとこあるじゃない?そう思うとキツイことは言えないっていうか」

 もっとドライに接すればどうかという趣旨のアドバイスに私が難色を示すと、きり丸くんが肩をすくめて首を振った。
 こういう仕草がさまになる十歳。さすがきり丸くんいい男。

「忍たまを客だと思ってることが間違いなんすよ。客っていうより商品のが近いでしょ」
「……ああ、プロデューサーとアイドルみたいな?」
「そうそう、学園関係者が忍たま相手にお手付き厳禁!」

 商品とは身も蓋もない言い方だがそう考えればストレスも減る。
 忍たまもくのたまも商品。万全有能完璧な状態で世に送り出すことが学園の仕事。私は距離を置いて遠くから見守ってさえいればいいと。

「なるほど、もっと早くきり丸くんに相談しとくんだったなぁ」
「こんな簡単なことで悩んでちゃあこれから先やっていけませんよ。ていうか事務員向いてないんじゃないっすか?」
「うん、私も薄々思ってた」

 若干十六歳で職業適性について十歳児に駄目出しされる日がこようとは。
 不甲斐ないとは思いつつも相手がきり丸くんだからか嫌な気分はしない。

「茶屋とかで雇ってもらえればあとしばらくは看板娘できますよ」
「しばらく?」
「ハタチ過ぎると歳を理由にやめさせられることが多いから」

 淡々というけどそれってハタチ過ぎた時点でおばさん認定されるってことだよね。
 異世界怖い。盛りの流れが速すぎる。

「でもお茶屋さんは無理かなぁ。それこそ愛想ふりまかなきゃいけなくて言い寄られても下手に断れないってなると精神が死にそう。現在進行形でどう捌くか悩んでるのに」
「学園の関係者になら将来を誓った相手がいるとでもいえばいいでしょう」
「あはは、実際に頼りになる恋人がいればそれでいいんだろうけどねぇ」

 残念ながら非現実の存在を盾にしたところで「その相手とやらを連れてこい」とかいわれたらおしまいなんだよなぁ。
 『やはり嘘か、そんな悪女にはおしおきじゃ』『おやめくださいお代官様』『よいではないかよいではないか』。
 時代劇ベースの適当な知識をもとにした嫌な想像が頭の中で繰り広げられてぞわっと鳥肌がたった。そういうゲスい行為に出る奴がいない点においては学園の男どもはマシな部類だといえるかもしれない。
 最終手段だとしても売春関係は遠慮したいな。
 それなら食材を得るために野山を駆けまわってる方がよほど心身ともに健康でいられそうだ。

「……おれ、とか」
「え?」

 もののけ姫状態の自分を想像して眉根を寄せていると依然としてこちらを見ようともしないきり丸くんが小さな声でぽつりと呟いた。

「だから、おれを恋人役にすればいいんじゃないですか」

 そっぽを向いたままのきり丸くんと、目が点状態の私。
 驚いた。
 てっきり未だに嫌われているとばかり思っていたのだが、恋人役として名前を貸してくれる程度には気を許してくれているらしい。
 というか、驚きのあまり本気でときめいちゃったではないか。
 告白ではないとわかっていても美麗字句を並べた口説き文句なんてくらべものにならないくらいストンと心にはまってしまった。
 どうしよう。高校生が小学四年生にって、私の常識ではかなりアウト。

「忍たまお手付き厳禁じゃなかったっけ」
「だから将来を誓ってるって言うんですよ。いまはまだ何もないけど将来に向けてお互い心は決まってるって方便。そうすりゃ俺が卒業するまでは多少なりとも安全でしょ」

 ヤバい私よりしっかり考えてるきり丸くん頭いい。
 言いよってくる男と嫉妬の目を向けてくる女が大半を占める現状で私の恋人役なんてすれば火の粉がふりかかることくらい聡いきり丸くんならわかってるだろうに、男前すぎてきゅんきゅんする。
 アウトって思ってるのにときめくってことは、私きり丸くんのこと男として見れるんだ?新しい自分発見しちゃったな?

「あー……ええと、」

 きり丸くんの卒業が六年、いや、五年後と少し。そのころ私は二十一、二歳。
 今のきり丸くんが十歳なだけにそこはかとなく犯罪の匂いがするんだけど、年齢差的に今の私が大学生と付き合うって考えればアリだ。
 いやいや、きり丸くんはあくまでも『恋人役』に手を挙げてくれただけなんだから、アリもなにもないけどさ。

「狂愛系と逆恨み系のストーカーが大量発生してるのと変わらない状況だから危ないよ?」
「対策は考えてます」
「本当に好きな子ができたとき拗れるかもよ?」
「拗れる前に説明します」
「私が本気になっちゃたらどうするの」
「共働きと節約生活ができるなら責任取ります」

 なん……だと……?
 共働きはどんとこいだし虫と雑草を食べることで食費を浮かせても問題ない程度にタフな私はしっかり条件を満たしている。
 きり丸くん式サバイバルの成果がこんなところで役に立つとは。

「…………じゃあ、お願い、しちゃおっかな」

 悩んで悩んでそう口に出すと、きり丸くんと本日初のご対面。
 現状では向き合って話をすることも稀なのだが恋人役になったらなにか変るのだろうか。

「では値段の相談はのちほど」
「お金取るの!?」

 八重歯を見せて笑いながら指で輪っかを作るきり丸くんに思わず驚きの声を上げた。
 「出世払いでいいっすよ」と言うきり丸くんは満面の笑みだがそれって売春……いや、買春?
 冗談なのな本気なのかわからないがめつい言葉にも胸が高鳴るのだから、恋というのは恐ろしい。
 しかし相談に乗ってもらってアドバイス受けてちょっと優しくされたから好きになるって、私に惚れてるらしい男のこと笑えないなぁ。これからは邪険にせずもう少し真剣に考えよう。
 もちろん誤解を受けないように距離をとりながら、だけどね。
 きり丸くんが隣にいる『これから』を考えて、最近では珍しく明るい未来のイメージに、私はにやにやと頬を緩ませた。