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 俺だけにして。
 そんな直哉の独占欲の発露に亮介は突然わけのわからない言葉をかけられたとでもいうように驚きぽかんとした間抜け面をつくった。
 普段より少し幼く見えるその表情は長い付き合いの中でも珍しいもので、いつもならきっと亮介にとって特別な自分だからこそこんな無防備な顔を引き出せたのだと、他に知るものはいないのだと、そう疑うことなく無邪気に喜んで甘美な心の震えに浸ることができていただろう。
 しかし今は違った。亮介は直哉に仕事だと嘘をついて女を漁りにいっていた。それも子を産ませるだけの都合のいい道具ではなくただただそばに寄り添わせる相手、生涯を共にするのに好ましいと思える相手を探しだすために。
 見合いをしに行くと事前に話してくれていれば許せただろうか。あるいは亮介が子を望むことができる体で、血を残すために仕方なく女を娶るのであれば。
 わからない。それでも許せなかった気はする。結局同じように気持ちがぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなった結果こうして床に縫いとめていたかもしれない。
 けれどそれとこれとは話が別だった。亮介が自分以外の特別を作ろうとしている。直哉と同じであって直哉には求めない、直哉に与えられたもの以上の特別をどこの馬の骨とも知れない女に渡そうとしている。裏切られたと思った。そう思っている。いまの直哉にとってはそれが全てだった。

「特別なんは俺だけで充分やろ。俺がおんねんから、ええやん。なあ、結婚なんかせんといて」

 うんともすんとも言わない亮介に焦れて言葉を続ける。本当はもっと言いたいことがあったはずなのに口から出てくるのは子供の我儘じみた拙い要求ばかりだ。
 長年かぶり続けた猫が癒着しているかのように張り付いて剥がしきれない。もどかしい。本当は、本当の自分なら、もっと。

「直哉」

 本来の自分を、亮介の心を抉ることができる言葉を探してギリと奥歯を噛み締めた直後、思考に割り込むように名前を呼ばれてくらりと眩んだ頭に更に強く歯を食いしばった。
 直哉と優しく呼ぶ声は先程押し倒したときの戸惑いを含んだそれとは違い完全にいつもの、かわいい甥を甘やかす声だ。
 いまこの状況になって初めて気がついたことだが自分はどうもこの声を聞くと反射的に気持ちが緩むようになってしまっているらしい。
 子供の頃からずっとこの声とともに『良く』され続けてきた。亮介にこう呼びかけられて嫌な思いなどしたことがないのだから今回もきっと大丈夫。そんな、ゾッとするほどの盲目的な安心感。
 知らないうちに躾けられていたという事実に再度目眩を覚え、前髪で隠れた額にかすかに汗が浮いた。
 実績による信頼といえば聞こえはいいがこの感覚はそういうレベルの話ではない。十年かけた刷り込みだ。恐ろしい。こんなもの、まるで洗脳ではないか。

「直哉、その結婚がどうって話は直毘人兄さんから聞いたのか?私が特別大切にする相手を探していると?」
「……そうや。全部聞かせてもらったわ。家空けとるんは仕事やなくて見合いで、ゆっくり時間かけて好みの女物色しとるって」
「ああなるほど、誤解してるね」

 丸め込む気かと緩みかけた精神を張り直しわざと棘のある言い方で仕事だと嘘をついていた亮介を責めるが、亮介はなんでもないような顔で直哉の言い分を切って捨てた。

「兄さんから気に入った女がいたら好きにしていいと言われているのとここしばらく見合いを持ちかけてきた家を訪問していたことは確かだけど、アレは間違いなく仕事だし私は結婚するつもりはないよ」

 ただの見合いなら禪院である自分が泊まりがけになる場所まで出向くのではなく相手方がこちらへ来るはずだろうと指摘され、それもそうだとあっさり納得しかけてハッと我にかえり慌てて思考のブレーキを踏む。
 ついさっき丸め込まれないよう警戒を新たにしたところなのにろくに考えもせず亮介の言い分を信じるなどとんでもないことだ。
 そう。確かにただの見合いなら、それこそ五条や加茂が相手でもない限り禪院を立てないはずがない。しかしただの見合いではなくなんらかの理由があって亮介が他家へ出向いているとして、それが「結婚するつもりはない」という亮介の言葉の証明になるわけではないのである。
 
「そんな顔しなくてもちゃんと説明するから。あとそろそろ起きてもいいかな?」
「嫌や。そんなん言うて、適当に誤魔化して逃げるつもりやろ」
「どこにも逃げないし誤魔化しもしない。約束する」

 警戒を強めた直哉に困ったというふうに笑った亮介の「それでも信用できないならこのままでかまわない」という言葉にムッとして目を眇めた。
 直哉が無条件に信用してしまいそうになる気持ちを必死に抑えてまで疑いを継続させているのは亮介が隠し事をしたせいだというのに、原因を作った人間の言うセリフとは思えない厚かましさだ。そんな言い方をしたらまるで直哉が駄々をこねているみたいではないか。

「……嘘やったら許さんからな。嘘やったら、二度と会いに行かんしお土産も買うたらへんから」

 守るべきものがない立場の叔父に対するペナルティが咄嗟に思いつかなくて、いまや本当に特別なのかどうかもわからない自分を使って冗談じみた嫌がらせを口にする。と、亮介はスッと笑みを引っ込めて真顔になりこれまでにない真剣な様子で「それは悲しい。もし誤解が解けなくてそんなことになったら泣いてしまうかもしれない。逃げないし誤魔化さないし嘘もつかないから直哉もきちんと最後まで私の話を聞くと約束してくれ」と一息に要求してきた。
 さすがに嘘だろう。直哉の出した条件はどう考えたってそこまで思い詰めるような内容ではない。
 どうせ直哉が折れたから自身のペースに持ち込むために軽口を吐いたに違いない。そう思うのにそれでもなお本心から出た言葉ではないかと信じたくなって凍りついていたはずの感情までそわそわと浮つきはじめるのだから、やはり自分は亮介に関して頭がおかしくなっているに違いなかった。
 飼い慣らすなら最後まで責任をとれとじとりとした目で睨みつけてゆっくりと手を離す。
 上体を起こして掴まれていた手首の調子を確認した亮介は、腹の上から退こうとした直哉を引き留めてぎゅうと抱きしめるといつもとは違う真剣な顔のままいつも通りに優しく直哉の頭を撫でた。
 わざとなのかなんなのか。この扱い上手な叔父のことを直哉は初めて明確に憎たらしいと思った。