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「#幼馴染」のBL小説を読む
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「亮介なら見合いだぞ」

 あまりにも突拍子がない現実味を欠いた言葉。父であり禪院家当主である直毘人の口からもたらされたその情報に、直哉は思考を止めた頭で「は?」と疑問の声をあげた。
 ここ二、三年ほど亮介が内容不明の仕事のために遠出をする頻度が高くなっていた。それでも月に一度あるかないかの外出だったからそこまで気にしていなかったのに、最近ではほぼ毎週のように泊まりがけで外へ行く。おかげでこれまでのように自由に会えないことが多々続き、寂しいけれど仕事ならしかたないと殊勝な態度をとってみせる裏で直哉はひそかに苛立ちを募らせていた。
 日帰りの予定だと言ってはいたが今日もまた亮介は朝早くから身繕いをしてどことも知らぬ場所へ出かけてしまった。実際は呪力の使いかたにさえ気をつければなんの問題もない健康体とはいえ対外的には体が弱いことになっているのにこんなペースで仕事を受けるなんてどういうつもりなのか。これまで争いの種になってはいけないからと陰口を放置してまで自重していたくせに。引きこもりは引きこもりらしく離れでのんびりしていればいいものを。
 そう思って「病弱な方のオジサン妙に忙しそうやねんけどどないなってんの」と直毘人に探りを入れてみたらこれだ。
 見合い。見合いだと?誰が。なにを、ありえない。馬鹿馬鹿しい。

「冗談、あの人子供作られへんのやろ。血も残せん欠陥品が見合いなんかして何になるん。タネ無し活かして石女引き取るボランティアでも始める気か?」
「子ができずとも世帯は持てる。一代限りであっても禪院と縁を結びたがる家はいくらでもあるからな。特殊な呪具や呪物を引き出せるような利があるなら家柄や呪力にはこだわらんと言ってあるから今頃好みの女でも物色しとるんだろう」

 酔っ払いの戯言だと笑い飛ばそうとして、直毘人の淡々とした物言いに今度は「は、」と息が漏れたような声がでた。
 亮介が自分の意思で離れから出てこようとしないので下の者には誤解されがちだが亮介は禪院において特段忌避されているわけではない。家の意向で存在をないものとされているならともかく自分で引きこもっているだけなのだから、亮介本人が望めば当主が婚姻の許可を出さない理由はなかった。
 初めから子が成せないとわかっているぶん本来であれば母胎として不適格だと弾かれる女も嫁に選ぶことができる。選択肢が多いならその中から最も好ましいと思える相手を探すのは当然だろう。
 当然だと理解しつつ、亮介がその当然に沿って行動することを直哉のなかの何かが拒絶していた。
 ありえない。ありえない。意味がわからない。そんなことが許されてはならない。決して許してなるものか。
 ぐちゃぐちゃした感情が一気に押し寄せてきて、一瞬ののち、脳が芯から冷えるような感覚とともに頭の中がシンと静まりかえる。
 削ぎ落としたかのように表情をなくし「さよか」と呟いて踵を返した直哉を直毘人は気にかけるでもなく、ただ瓢箪を傾け酒を煽った。


***

 日帰りを予定していた亮介が禪院家に戻ってきたのはとうに日付の変わった深夜のことだった。
 出迎えの者はいない。必要ないと断ったからなのかそもそもそういう扱いをしなくていいものとして認識されているせいなのかはわからないが、気に入った者以外にテリトリーを侵されるのが我慢ならない性質の亮介にとって付き人に己の影よろしく付き纏われることは苦痛でしかなかったためどちらの理由にせよ人がいないというのは好都合だった。
 一人暗い廊下を進みながら、そういえばあの子はもう眠っているだろうかと考え口元を緩ませる。自分が唯一テリトリーの内側に入れることをよしとした賢しい子猫。近頃あまり機嫌が良くないようだから、明日会えたら目一杯甘やかしてやらねばなるまい。
 一仕事終えた後、深夜という時間、誰もいないという思い込みに楽しい空想。積み重なった油断は自室の暗がりに潜んでいたものの気配を亮介の意識から完全に逸らしていた。
 障子を開いて数歩。ぐいと引かれた手に驚く間もなく畳の上に転がされ馬乗りでのしかかられる。咄嗟に反撃しようとして薄闇のなか襲撃者と目が合い、瞬時に気づいたその正体に亮介は困惑した。

「直哉」

 仰向けに転がった自分を見下ろしぎちりと痛いほどの力で腕を拘束している男は紛れもなく亮介のかわいい甥、先程甘やかしてやろうと思っていた子猫の直哉だった。
 隠れて待って帰ってきた自分を驚かせようとしたのかとも思ったがそれにしては様子がおかしい。亮介の前では常に優しく愛らしい甥っ子として振る舞っていた直哉が、まるで取り繕いかたを忘れたかのような無表情でじっと亮介の目を見つめている。
 何があったかはわからないがきっとここで「退きなさい」と言うのは間違いなんだろう。直感でそう悟り黙ったまま体の力を抜いた亮介に、直哉は拘束を緩めることなく口を開いた。そして。

「オジサン、俺だけにしてや」

 感情の読めない強張った声で、ただ一言そう告げた。