×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




 亮介に出会ってから十年。早々に飽きることを前提とした遊びは予想外に長く続いていた。
 そうなった理由の一つに亮介の意外な実力の高さがあった。
 亮介は強い。それは最初からある程度わかっていたことだったが、亮介の強さは直哉の想定していたある程度の範囲にまったく収まらなかったのである。
 謙虚に、しかし幼子らしくねだって呪力強化を使ったトレーニングを見せてもらったときその異質な強さに気づいた直哉は瞠目した。
 詳しく聞けば亮介は体が弱いわけではなく、正確には呪力と体の相性が悪いせいで呪力を練れば練るほど反動でダメージを負ってしまう特異な体質の持ち主だったらしい。それでも十分ほどであれば最高の状態を維持でき、なおかつ術式を使えば一級程度の呪霊は複数体いても瞬殺できてしまうというのだから体質でのデメリットなんてほとんどないも同然だ。欠陥品であるはずの亮介は、それでも間違いなく禪院トップクラスの呪術師だった。
 どうしてそれだけの力があるのに周りを見返すために動かないのかと問うても「力があると知られれば望んでもいない無駄な争いが生まれかねないから」と苦笑するばかりの亮介の弱腰は思わずタマなしと鼻で笑いたくなる情けないものだったが、成長とともに手合わせの相手が格下の雑魚か将来当主の座を巡って殺しあうことになるかもしれない者だけになってしまった直哉にしてみればその欲のなさこそ都合が良かった。
 かわいい甥っ子のふりをしてやるだけで仮想敵となる相手に手の内を晒さず爪を研ぐことができるのだから、安いどころかタダ同然だ。
 強いとはいえ甚爾と違って『こちら側』の亮介。その強さを踏み台にして、自分はその先、圧倒的な壁が隔たる『向こう側』を目指す。
 直哉にとって亮介は暇つぶしのオモチャであり教師であり教材だった。
 利用価値はあるがただそれだけの。価値が無くなればいずれ使い捨てる、そんな相手のはずだった。

***

「亮介オジサン、ただいまぁ」
「おかえり直哉」

 一仕事終えて身なりを整えたのち心持ち早足に廊下を進み勝手知ったるふうに障子を開くといつも通りの穏やかな笑みを浮かべた亮介がこちらへ向き直って直哉を迎えた。
 緊張感などカケラもわかないほど馴染んだ部屋とその主。それは直哉にとっては見慣れた、けれど直哉以外の誰かが見たら目を剥いて驚くであろう光景だ。

「おつかれさま。怪我はなかったかい?」
「怪我なんかする暇もなかったわ。わざわざ僕が行かんでも対処できたはずやで、アレ。まあ早いこと動いたおかげで被害が最小限で済んだわけやから結果的にはよかったんやけど」

 軽く足を崩して座り、ふやけた煎餅のように歯応えのなかった祓いを思い返して肩をすくめる。そんな直哉に亮介の形の良い眉が寄り眉間に薄く皺を作った。
 亮介の変化に合わせて直哉もほんの少し眉を下げて不安を表す。それは亮介の怒りの矛先が自分に向かないこと理解したうえでのパフォーマンスに過ぎないかったが、亮介はそのありもしない不安を和らげようとするように直哉の手を取った。
 子供の頃と違ってゴツゴツと硬く、包み込める大きさではない大人の手だというのに亮介の触れ方はどこまでも優しい。
 つい唇の端が上がりそうになるのを押しとどめ亮介としっかり目を合わせる。年長者の話に静かに耳を傾ける子供はそれだけで好かれるものだからだ。

「直哉のおかげで被害が少なく済んだのは確かだろう。でもそれはよくない。事前調査を疎かにして等級を見誤るなんてあってはいけないことだ」

 想定より弱かったからよかったというのはそれこそ結果論でしかない。直哉ほどの実力であれば滅多にないことではあるが杜撰な調査の結果派遣した呪術師より格上の呪霊が出てきた場合最悪命を落としかねないのだ。と、案の定亮介は直哉ではなく調査の不備に対して苦言を呈した。
 もちろん直哉の認識の甘さを正す意味もあっただろうが神妙な顔でこくりと頷いてみせれば簡単に納得してくれるのだから本当に甘い。

「このことは私から兄さんに報告を━━」
「まって、僕が直接注意しとくから父ちゃんには言わんといたって」

 亮介が立ちあがろうとしたのを察し、直哉は離れそうになった手を掴み返すことでそれを引き止めた。
 一度のミスで当主に叱られるのは可哀想だから、というのはもちろん亮介に対する建前で実際は気分を害された憂さ晴らしを自ら下したいだけだ。
 亮介にはああ言ったが直哉にとって非術師など何人死のうが知ったことではないし、自分にくだらない仕事を振った無能にかける情けもあるはずがない。当然あとで直毘人にも報告をあげるつもりなので責任追及は免れないだろう。自業自得とはいえ調査に関わった者からすればまさしく踏んだり蹴ったりである。
 しかしそんな直哉の内心を知らない亮介は小さく息をつくと「直哉は本当に優しいね」と目を細め、昔と何ら変わらない調子で、昔とは違い安っぽい金に染められた直哉の頭を猫の仔にするように優しく撫でた。
 直哉が髪を染めようが成長して体格が良くなろうが節穴である亮介の目には愛らしい甥っ子として映っているらしく扱いは常に子供に対するそれのままだ。
 ものほしげにしなだれかかれば菓子を渡され膝に懐けばトントンとリズムをとって寝かしつけられる。
 そういう馬鹿げた扱いを受けるたび直哉の胸の内にぞくりと密やかな愉悦が湧いた。
 十年の間に幾度か亮介が他者といるところを見る機会があったが、亮介の態度はいつも淡白で素気ないものだった。
 意外ではあるが当然と言えば当然だ。情を見せれば人が集まり、人が集まれば派閥が生まれる。面倒ごとを避けようと思うのなら人との関わりを可能な限り避け、事務的に接するのが一番なのだ。
 そんなふうに当主の座や禪院内での権力争いに興味がないことを示すため常に身の振り方や立ち位置に気を配り交友関係を広げずにいる亮介が、周囲から次期当主に擦り寄っていると邪推されかねないリスクをおしてまで自分をかわいがり続けている。十年前懐にいれた子供を、その本性も知らぬままに。

「ふふ」
「どうした?」
「んー、オジサンに撫でられんの好きやなぁって」

 他の誰かが相手なら腕の一本や二本斬り落とさないまでもへし折っているのは確実だ。だが亮介にこうされるのは、嘘偽りなく一度も嫌だと思ったことがない。
 なぜならそういう遊びだったからだ。愚かな叔父を騙して遊ぶゲーム。可愛がられれば可愛がられるほどうまく騙せているということなのだからそれを不快に思うはずがなかった。
 そんな愚者を嘲笑う愉悦がいつしか特別として扱われる愉悦と重なってすり替わった。
 禪院直哉は禪院亮介の特別であるという事実。それは直哉に奇妙なまでの高揚と陶酔をもたらして麻薬のように亮介と過ごす時間を求めさせた。
 亮介が初対面の子供だからと心を開いて接してくれたあのとき、直哉が思いつきで猫をかぶっていなければこんなふうにおかしな馴染みかたをすることはなかっただろう。そうしなかった場合性悪な直哉と亮介の関係がどうなっていたかなどわざわざ考えるまでもないので二人の関係ははじめからこの形でしか成立しなかったと言えなくもないのだが。
 とにもかくにも予想外に長く続いた遊びは亮介との関係はそのままに直哉の心持ちだけを変質させて続いていた。
 今後直哉が亮介を圧倒するほど強くなって亮介に価値がなくなったとしても猫を脱ぎ捨てることはないだろう。
 騙される様を見て笑うのではなく自分自身が満たされるために、直哉は猫をかぶりつづけるのだ。

「そうや亮介オジサン、お土産があんねん。はい」
「新しいゆるキャラグッズか。毎回直哉が買ってきてくれるから勉強してるんだけどまた知らないキャラだなぁ。これはなんて名前の子だい?」
「まんてぃコイやって」
「まんてぃコイ」
「もなかもあったから買うてきたで。まんてぃコイもなか」
「んっ……ふふ……まんてぃコイもなか……」

 初めて任務を与えられたとき適当に土産を選んで以来遠出するたびに面白半分でマイナーすぎて誰も知らないようなゆるキャラのグッズを買っては押し付けているのだが、今回のゆるキャラはうまく亮介のツボに入ったらしい。
 肩を震わせながら急須の茶を注ぐ亮介に満足して謎の生物が描かれた安っぽい菓子箱を開封する。
 直哉に今回の任務を割り振った者が心身ともに痛めつけられる数時間前のこと。禪院家はとても平和だった。